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槍ヶ岳 北鎌尾根・裏銀座

Date: 2000.7.20-24
Members: L.三輪、田名部
Area: 北ア
Type: バリ・縦走


7月19日(天気不明)
11:00新宿駅集合
佐藤さんが、わざわざ見送りに来て下さり、”これは、安易に敗退できないぞ!”との決意を新たにする。見送りと、差し入れを有り難うございました。

7月20日(快晴、後曇り、時々小雨)
準備を済ませて出発するが、昨夜の寝不足がたたり、二人とも思うように足が前へ出ない。特に田名部さんの体調が良くないようだが、持ち前のガマン強さで持ちこたえている。主稜線への急登を、なおも喘ぎつつ歩いていると、田名部さんが、見覚えのある人とすれ違ったと言う。声を掛けるとやはり本人だったらしく、しばし、思い出話で盛り上がっていた。そのO氏、去年の春合宿で田名部さんのいた、東鎌パーティーと終始一緒の行動だったらしいのだが、なんと今回も我々と同じ、北鎌へ行く計画であるという。何か因縁めいた物を感じずにはおれない。

ようやく辿り着いた燕山荘からは燕、大天井、そして北鎌から槍が見渡せ、そこは、この上なく見晴らしの良い展望台となっている。各自、手持ちの語彙の中から最上級の賛辞を選び出して手短に述べ、ヨロコビの感情を露にした。ここから大天井までは、平坦で歩きやすい道が続き、前半の遅れを取り戻すべく、少し気合いを入れて先を急ぐ。昼近く、谷間から密かに涌き上がっていたガスが上空で団結し、何やら本格的な雨雲を形成し始める。

貧乏沢下降点へ着く頃には、ぱらぱらと雨粒を落とすまでになっており、仕方なく雨具を取り出して装着するが、蒸し暑く大変不快である。貧乏沢は基本的に本流通し(と言っても上半分は伏流)のガレを下るのだが、途中で雪渓や滝に行く手を阻まれると、藪こぎや、側面の泥壁トラバースを余儀なくされる。左岸沿いには、所々踏み跡が認められ、これを如何に目ざとく見つけて利用するかが貧乏沢を楽に下降するためのカギとなるようだ。

夕方、どうにか暗くなる前に天上沢に降り立つ事が出来、適当な砂地にテントを張る。ひどく疲れていたので、食後に焚き火を囲んでいると、ついウトウトしてしまう。パチパチと、のどかな音をたててはぜる焚き木を眺めながら、長かった一日の出来事を振り返った。

中房温泉/6:15--合戦小屋/8:30--燕山荘/9:30--大天井ヒュッテ/12:20--貧乏沢下降点/13:00--天井沢/15:45

7月21日(終始、晴れ)
少し寝過ごしてしまう。急いで準備を整えて出発。北鎌沢は上部に少し雪渓を残しており、通過にやや手間取る。コルに着くと昨日のO氏が笑顔で迎えてくれる。O氏は独標の正面壁を単独で登るそうだ。世の中には凄い人がいるんだなーと、感心してしまう。この日、北鎌には我々とO氏の他、更に3パーティ程入っていて、尾根上は大変賑やかだった。ガイドの内容と異なり、かなり崩壊していやらしくなっている登山道を約2時間で独標に到着。独標は、おとなしく右から巻かせてもらい稜線に上がる。その後、北鎌平までは、ちょっとした岩場でアンザイレンしたり、懸垂なども交えながら進み、程良い緊張感を味わう。というのも、岩登り自体はさほど困難なものは無いのだが、重荷を背負っているので、バランスを崩さないように常に気を使わされるのと、とにかく岩が脆い為、丁度良いホールドだと思って、その辺の岩角を無造作に掴んだりすると、掴んだ岩と心中させられかねず、そういった事にとても神経をすり減らすのである。

北鎌平は、この尾根には珍しくなだらかで、テントも数張り設営可能なちょとした広場の様な場所である。そこでは先行していたO氏が、テントを張り終えすっかりくつろいでいる。ここは彼のお気に入りの場所なのだそうだが、事も無げにそんなことを言えるO氏が、とてもうらやましい。O氏とはここで記念写真を撮って別れ、我々は先を急いだ。穂先を山頂へ至るルートは今一つ不明瞭だ。と言うか、下半部は何処でも登れそうなので適当に登ってしまう。山頂へ抜け出る最後のチムニーでは念のためザイルを出す。準備をしていると、後から来た男女2人のパーティが、「失礼」等と言いながら、ノーザイルでさっさと登ってしまい脱力するが、見栄張って落っこちたら何もならないと思い直し、やはりザイルは出すことにする。下手くそは、下手なりの登り方をすればいいのだ。山頂の祠の横へひょっこり顔を出すと、そこには一般ルートから上がって来た登山客でが溢れかえっており、我々の姿を見るや口々に声を掛け、温かく迎えてくれる。どうやらこれはお約束らしいのだが、分かっていてもけっこう嬉しい。予定では、槍岳山荘でテントを張るハズだったのだが、混雑のため、仕方なく殺生ヒュッテまで下る。テン場につくと、もー何もやる気がしないほど疲労しており、夕食を食べ終わるなり、すぐさま眠り込んでしまった。

出発/5:30--北鎌沢出合/5:50--北鎌のコル/8:00--P9/9:10--P10(独標)/10:30--P10直後の稜線/11:12--北鎌平/15:00--山頂/16:00--殺生ヒュッテ/17:30?

以下、田名部の記録

7月22日(晴れ。風強し)
タクシー(乗合)にて松本。温泉。

起床/03:30--出発/04:30--槍沢ロッジ/06:30--横尾/07:30--徳沢(仮眠)/08:30--上高地/11:00

以下、三輪の記録

7月22日(晴れ→ガス。風強く、視界不良)
上高地へ下山する田名部さんを見送ったあとテントへ戻り、改めて地図を眺めた。今日は何処まで行こうか。槍の肩へ登り返すと、稜線の反対側は濃い霧が立ちこめており、うんざりする。景色が見えないとなると、やることが無いので、必然的にペースが上がる。途中三俣山荘にて水を多めに補給していく。この先、七倉まで水場が当てに出来ないないから。水晶小屋を過ぎ、野口五郎小屋へと向かう登りで、道に迷ったおじさんとすれ違う。おそらく、視界がきかない中、岩峰を巻くか何かしたとき、ぐるりと一周してしまい、そのまま元来た道をそっくり戻って来てしまったのだ。彼は、コンパスを持っておらず、いくら説明しても半信半疑の様なので、仕方なく途中まで同行する。扇沢まで行くらしいのだが、この先ホントに大丈夫なのだろうか。この日は、野口五郎小屋T.S.にて幕営。

出発/5:45--双六小屋/9:30--三俣山荘/12:00--鷲羽岳/13:00--水晶小屋/14:52--野口五郎小屋/18:00

7月23日(快晴。午前中、風強し)
昨日から絶え間なくなく吹き続けた風は、夜半前に一段と強まり、それまでどうにか持ちこたえたテントも、ついに力尽きる。修理を試みるが、この風の中ではどうしょうも無い。仕方なく、横倒しになって、盛大に風になびくテントに再び潜り込み、ふてくされながら、じっと時間をやり過ごす。翌朝、明るくなる頃には幾分風も弱まったので、外へ這い出してテントの被害状況を確認する。幸いポールは曲がってしまっただけで骨折は免れていた。しかし、裂傷数カ所、擦過傷が十数カ所...。大切にしていただけに、これを見ると落ち込む。気を取り直して出発するが、睡眠不足でつらい。また、それでなくとも不動岳から、七倉までの登山道は崩壊がひどく、コースタイムはずいぶん辛めに感じる。この日は、七倉T.S.にて幕営。日没までに少し時間が有ったため、水場へ行って洗濯をする。ここの水場はトンデモナイ所にある。

出発/7:00--三ツ岳/8:00--烏帽子小屋/8:40--不動岳/11:30--舟窪岳/14:30--七倉T.S./16:00

7月24日(晴れ)
扇沢からのバスが13時で終わってしまう為、これに間に合わせるべく、少し早めに起きる。コーヒーを沸かし、これに砂糖をどっさり加えて、朝食代わりにする。涼しい内に少しでも行程を稼いでしまおうと先を急ぐが、その甲斐あって8時前には今回の旅の最後のピークである蓮華岳に着く。蓮華岳から振り返ると、これまで踏み越えてきた山並みを一望でき、感激である。ここから針ノ木小屋までは一投足。さらに、針ノ木雪渓をヨロケながら飛ばす。雪渓下部には至る所にペイントがあり、正規のルートが分かり辛い。結局まちがえて、川沿いをずっと下ってしまったが、結果的にはこの方が早かった様だ。ずいぶん早く着いたので、11時台のバスに乗れた。大町の温泉郷に立ち寄り、帰京。

出発/4:45--七倉岳/5:10--北葛岳/6:15--蓮華岳/8:00--針ノ木小屋/9:00--扇沢/10:55
016-1


016-2

感想

田名部
今までの山行でベスト3に入る、きつくて、怖くて、充実感のあるルートでした。縦走あり、沢下降、沢登り、岩登り、木登り、サレ場の連続、ルートファインディングとにかく盛り沢山。なんといってもラストが槍の穂先に直接突上げるために最高のクライマックスでした。久しぶりに、ピークにたって泣きが入った。(こらえたけど)

三輪
北鎌をトレースできてヨカッタ。いろいろ大変でしたが、田名部さんと協力し合うことで、山行を成功させられたことがなにより良かったと思う。また、下山日に不要になった団装を引き受けてくれたことに対して、田名部さんには、大変感謝しています。後半の山旅も、おまけプランだった割には思いの外、充実したものになった。