Date: 2001.2.24-25
Members: L.岩田、松浦
Area: 那須
Type: 会山行/雪訓
会に入会して4年近くたつがこんなに参加者の少ない会山行は初めてだった。正しく言うと参加者はまだいた。橋口さん、三輪さん、鳥垣さんが 1日のみ参加できると言ったがこのメンバーではあまり遭対、雪訓の意味がないと感じ、ならば自分たちのやりたいことを取り入れてみてもいいだろうと思い、通孝さんから提案のあった雪洞泊まりをやることになった。そのため両日参加可能な2人で行くことになった。
2月24日
6時24分新宿発の快速フェアウェイで出発。通孝さんは久喜から乗りこむ。9時1分に黒磯着。ここから北温泉に行く歩いていくか、スキー場から尾根に入ってしまうか。結局、天気が良くないためスキー場からリフトを乗り継いで尾根に出ることになった。タクシーに乗りこみMt..ジーンズスキー場に向かう。タクシーから降りるとスキー場のスタッフに呼び止められる。「泊まりで山に入るならインフォメーションに行ってください」と。インフォメーションに行くと「基本的には登山者はお断りしているんですが・・・」中止か?しかし、「計画書はお持ちですか?」計画書を出すとあっさりとOKだった。面倒くさいが現地連絡所ができたと思えばいいだろう。スキー場はスキーヤー、ボーダーの天国。ザックと竹竿を担ぐ我々2人は浮いていた。
ゴンドラに乗りこみ一気に稜線へ。天気は曇り、風はあまりない。しかし視界は50mくらいか。尾根に取り付こうとするがよくわからない。トレース・目印はまったくなくコンパス、地図を頼りに尾根を探す。途中、なぜか雪上で焼肉を焼いている集団に会い、尾根はどちらか尋ねる。その通りに進んでいくとトレースに出た。ここが尾根だと思ったがよく見るとおかしい。しばらくトレースに沿って歩くとさっきと同じ場所に出てしまった。そう、これがリングワンデリングというものなんですね。愕然とするがいい勉強になりました。
今度はさっき以上に真剣に地図、コンパスを見る。ここが尾根の突端であるという確信を持ち、コンパスの通りに進むとなんとか尾根に出ることができた。今回スキー持参の通孝さんはやはり速い。岩田はわかんで悪戦苦闘する。視界はほとんどなく迷ったらまずいと思い、竹竿を刺しながら歩く。尾根の突端から40分ほど歩いた頃、何で登っているんだろうと考えた。別に三本槍に登りたいわけではない、目的は雪洞なんだから歩かなくてもいいじゃないか。こう考えると話は早く進み、緩やかな斜面に雪がありそうなところを探して雪洞作りを開始。はじめは順調に掘っていたが笹が出てきて思ったより雪が少なかったことがわかる。だからといって場所を変えるわけにもいかずひたすら掘り続ける。苦労すること1時間半、2、3人テント1張り分くらいのスペースの雪洞が完成した。さっそく中に入ってみるがなかなか居心地はいい。入口をツエルトでふさぎ、お茶を沸かす。初めてのわりにはなかなかの上出来だ。しかし、お湯を沸かすと天井が少し溶けはじめ外の明るさがわかるくらいの薄さになってしまった。明日までもつかしら?やや焦る。雪洞の中は暖かい、と言われるがそれはちょっと違う。「暖かい」のではなく「寒くない」のである。風などは遮られるが、冷蔵庫の中にいるようなものなので火をつけてもあまり暖かくはならない。その代わり明るさはテント以上だ。ロウソクだけでもランタンをつけてるような明るさだった。 だから今回の山行でヘッドライトはあまり使わなかった。やはり雪洞は夜が楽しい。夕食はレトルトカレーとスープ、デザートに杏仁豆腐つきだった。8時に就寝。雪洞がくずれませんように・・・。
東京==スキー場(11:20)--雪洞作り(13:00)
2月25日
6時起床。雪洞は崩れることなくなんとかもった。しかし、入口から雪が入りこみ、シュラフカバーに雪が積もっていた。薄いシュラフで来てしまった通孝さんは寒い夜だったそうだ。うどんを食べ、撤収開始。外は吹雪で視界は昨日より悪い。目的であった雪洞泊まりができたのでもう満足だ。早々と下山を開始する。昨日刺した竹竿を頼りに歩く。これがなかったら迷っていただろう。昨日のトレースなんぞはもう消えていた。ゴンドラ駅に到着。早朝だというのにゲレンデはスキーヤー、ボーダーでごった返している。邪魔にならないようにゲレンデの隅っこを下る。スキー持参の通孝さんはところどころ樹林帯に入って遊んでいた。スキー場入口に到着。インフォメーションに下山を報告しタクシーを呼び那須湯本に向かう。那須湯本の「鹿の湯」は体を洗うことはできないが昔の湯治場のようでなかなか良い。こころゆくまで暖まりバスで黒磯に向かう。黒磯の蕎麦屋にて生ビールで乾杯し、カツ丼を食って会山行は終わった。
雪洞(7:45)--スキー場(9:10)