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谷川 俎嵒山稜

Date: 2002.1.12-14
Members: L.豊岡、秋田、吉田(法)
Area: 谷川
Type: 個人/バリ

1 肩の小屋の前にて。豊岡君撮影。
秋田君の左上に見える雪の稜線が俎嵒山稜。

豊岡

1/12 曇りときどき晴れのち雪のち吹雪

10:36
谷川岳ロ−プウェイ土合口駅
登山指導センタ−までわざわざラッセルで計画書を提出しにいったが駅のすぐ横にも箱が置いてあった。

11:25 
天神平到着
ここからはふつう、リフトを使って天神峠に降り立つらしい。「リフトなしでも十分事足る!」ということでラッセルしながら上部を目指す。途中、弱層テストとスノ−バ−&デッドマンの使い方を行う。

天神峠からは弾丸トレ−ス。天気はときどき太陽が顔を出すくらい。爼嵒や幕岩など谷川岳南面の険しい山稜を望みながらの登高が楽しい。途中、雪が舞い始める。

気が付くと山頂付近はガスで覆われていた。次々と下山してくる登山者とすれちがう。「山頂付近はとんでもないことになっていますよ!(下山者談)」山頂との距離に比例して、状況も悪化。風雪も増し、視界も利かなくなってくる。頂上付近は広くなっているためいやらしい。赤旗がすでに立てられていたとはいえ、次の赤旗がみえないのでコンパス&地図で確認しながら行く。秋田、気合のル−トファインディングで次々と赤旗を見つけ出す。(結果的に僕らの針路は合っていたが、赤旗の存在により、かなり精神的に楽になる。)秋田、徐々に徐々に右にそれていく。45度程度ずれてきたの針路を修正してもらう。一歩くごとに風雪が強くなってくるようだ。

山頂は諦め、肩の小屋へ向かうことにする。(小屋は使えるのだろうか。)標識から50m下るだけだが念の為コンパスを固定させる。秋田、徐々に右へ!!!

この状況下での幕営生活は訓練を受けたことがないとかなり厳しく、秋田&吉田さんにはほとんど拷問に近い。小屋が使えなかったら引き返すしかないと思っていたが、杞憂に終わった。

14:58
肩ノ小屋
入り口はきれいに除雪されていた。小屋の中に入ると同時に松永さんはじめ群馬県山岳連盟救助隊&沼田山岳会の方々に熱烈に歓迎され、カップラ−メンをご馳走になる。「君たちはほんとにすごいんだから。ご褒美だ。」小屋の中は別天地で外は吹雪いているとは思えない静けさ。

このあと、松永さんたちに宴会に招待される。「すごいとしかいいようがないんだから、食べて食べて」と遠慮なしにご馳走になる。「本郷さんによろしくお伝えください。」とのことでした。谷川岳に関するいろいろな面白い話を聞かせていただいた。ひとつの山に徹底的に取り組む姿に感動すら覚える。夜はなぜかあの方の話題に!「トイレいったら遭難しそうになった。(秋田談)」

1/13 吹雪

6:30
起床
依然として続く吹雪に落胆するが、「雪訓だけでもやるか。」
今回は3月の白馬でやったような実践的なものではなく、かたちだけの確認にとどまった。今後の課題は急傾斜での雪訓と確保技術の精度を上げることでしょう。

8:25
机上講習
ロ−プワ−クその1
  1. エイトノット
  2. (ダブル)シ−トベント
  3. ガルダ−ヒッチ(荷揚げシステムのストッパ−)
  4. スリップノット
  5. クロ−ブヒッチ
  6. カウヒッチ
  7. ムンタ−ヒッチ(下降器)
ロ−プワ−クその2
  1. アンザイレンの仕方
  2. スタカット
  3. スタンディングアックスビレイ
  4. コンティニュアス確保
10:30
雪上訓練開始
アイゼンをつけての滑落停止
  1. 仰向け(頭が上)
  2. うつ伏せ(頭が下)
  3. 仰向け(頭が下)
  4. 前転
10:50
氷雪上の支点の取り方
  1. スノ−バ−
  2. スノ−フル−ク(デッドマン)
  3. スノ−ボラ−ド
  4. 回収型ピッケルアンカ−
11:10
スタカット

11:30
スタンディングアックスビレイ

11:50
ランチタイム

12:40
コンティニュアス確保
  1. 輪止め確保
  2. 大阪府岳連式確保
  3. ヒマラヤコンテ
15:00 雪上訓練終了


1/14
晴れのち快晴

6:30
起床
「Good-Morning! Mt.Tanigawa」
未明まで続いた吹雪もなんとか収まってくれた。今日は期待できそう。

7:20
肩ノ小屋出発
小屋から出るとこれから目指す爼嵒山稜の鋭さがひときわ目立つ。国境稜線上はクラストしているがところどころハイマツくんでボコボコうっとおしい。オジカ沢ノ頭への登りで1箇所ちょっとした雪壁状のところがあったので慎重にいくが問題ない。

8:40
オジカ沢ノ頭
ここからの下りは広くなっているので視界のないときは注意。オジカ沢側に大きな雪庇が発達し、しかも根元から亀裂が入っている。たとえ小雪庇でもかなり内側で亀裂が見られる。崩壊線は僕らが思っている以上に大きいと思われる。
爼嵒山稜は見た目ほどの難しさもなく、爽快な稜線歩きが楽しめる。

9:30
川棚ノ頭
ここでしばらく陽光に輝く白銀の峰峰を楽む。

10:00
出発
弱層テストをしながら来た道を戻る。

12:00
肩ノ小屋到着
谷川岳3000回登頂を目指している人と出会う。ザックには「千恵子1番、谷川岳2番」と書かれてあった。今回で2141回目らい。ひとつの山に情熱を注ぎ込む、その姿勢は見習いたい。100名山よりずっとすごいことだと思う。元CRUXの飯塚さんと出会う。

12:40
肩ノ小屋出発
残雪期のような雪山ウォ−クを楽しむ。

13:40
天神平
3人元気に下山

感想

大学の試験中に山に行ってしまったのがたたって財布無くしました。そういえば谷川のピ−ク行きませんでしたね。谷川これで6回目ですがまだピ−ク踏んだことありません。どうしましょう。5月以降は沢に行きましょう。そう、沢登りです。一ノ倉沢登り。吉田さんも沢好きみたいですし。

それはいいとして、去年の冬合宿の感想欄で安藤さんがおっしゃったこと(朝昼晩p12)を覚えているでしょうか。このことを念頭において山行に取り組んでいければ山行ごとに自分に足りないもの、必要なものが確認でき、次につながると思います。

それにしても赤旗などがないところで地図とコンパスがなくなったらどうなるんでしょう。まず、平常心が奪われ・・・、冷静な判断力をなくす。そして自信を見失い、そして最後には生きようとする意志すらもなくすんでしょうか。それが白い地獄ホワイトアウトの恐怖ではないでしょうか。八ヶ岳では味わえない雪庇、雪崩に対する認識、いつまで続くかわからない吹雪などを経験できて多いにプラスになったと思います。
秋田

1/12
130円の切符を買って水上へ。東京駅でとても涼しそうな格好をしている豊岡さんと合流。今日は暑い。電車の中は暖房が効き過ぎているからなお暑い。僕のプラ靴の中はすでにビショビショだ。

舞台はどんどん変わって行き、かったるい土合の階段を登り、ロープウェーまでの一層かったるい道を行き、吉田さんとも合流。ここで登山の格好をしている僕らはとても場違いな気がする。まわりのボーダーどもはみんなお洒落でカッコいいなあ。僕らはみすぼらしいといったほうが適切。下山する時はさらにひどい顔になって臭くなっているのだから、やはり登山者はきたない生物なのだなあ。そんなのイヤだなあ。でもやめられないんだよなあ。畜生、スノボーなんて死んだってやるものか。

で、みんな楽しそうに滑りまくるスキー場(今ではスノボー場とでもいうのだろうか)に着き、暑がり寒がり汗かきの三重苦を背負う僕は、あまりの暑さにヤッケを脱いで登り始める。今日は予定通りに進めそうもないのでのんびり。登り始めるとすぐにズボズボとはまりだし、ワカンを着けることに。豊岡さんや吉田さんはホイホイと登って行くが僕はちっともうまく行かない。なんだよワカンの役立たず。ラッセルを少しやって雪の上にはいずりあがった。そしてようやく弱層テストをやっている二人に追いつき、ワカンのバンドを調節させてもらった。ついでにスノーバーとデッドマンの使い方のさわりだけ豊岡さんに教わる。ワカン歩行にもなれたが、相変わらずズボズボはまる。こんなの繰り返したくねーなーと思いつつ尾根に出たらトレースがあった。ラッキー。

尾根はとりとめのないところで今日は楽勝かなあ、などと安易に考えて登っていく。登り進めるうちに、やがて天気がひどくなってきた。空が真っ白で地面と空の区別がつかない。判別できるのはせいぜい周囲2メートル程度の地面の起伏だけ。真っ白の世界は果てしなく怖い。目も頭もおかしくなりそうになる。後ろを振り返り、色のついた豊岡さんと吉田さんを見て心を落ち着けることが度々あった。昔聴いたことがあるのだが、人間は赤色だけを見つづけていると気が狂うらしい。白でも同様だろう。吹雪きもひどくなり、僕は雪が顔に直接ぶつかるのを避けるため右に顔を向けて歩いていたらやはり進路もそちらにそれてしまった。度々修正のうえ、ヨレヨレになって登っていった。

吉田さんの感想を読んで初めて分かったのだが、二人が下りようと相談していたことは全く知らなかった。何しろ僕はエビのシッポで巨大化した指導標を確認していたから。僕はその時スタスタ進んでいたので、二人から距離が離れてしまっていた。吉田さんが僕を呼ぶので振り返ったら吹雪きのせいで二人を確認できない!また一瞬恐怖した。うーん、さすがは魔の谷川。トマス・マンの「魔の山」の舞台はきっと谷川であったに違いない。

指導標のエビのシッポを叩き落すと、小屋まで52メートルの表示がある。夏山であれば、小屋は見えるだろうからこんなものは全く意味がないだろうし、こんな標識無視していただろう。しかし指導標はきっちり僕らを助けてくれた。あとは小屋に入れますようにと祈りながらその52メートルを進んだ。

小屋では沼田山岳会のおっさん達に歓迎された。この悪天候のなか登ってきたのは偉いと誉められたが、何言ってやがんだ、偉いに決まっているだろう。俺のヨレヨレ具合は過去最高レベルだ。

夜、沼田山岳会についての話しを聞く。谷川がホームグランドなんてかっこいいなあ。九十九の場合はどこだろう。奥多摩かなあ、丹沢かなあ、それとも八ヶ岳かなあ。どちらにしても響きのいいところではないなあ。僕はお返しに九十九に伝わる女帝伝説を披露してあげた。


1/13
吹雪きはなかなか止まない。しばらく待機。しかたなく小屋の中で豊岡さんにロープワークやコンテのやり方を教わる。でもロープワークはきれいさっぱり忘れてしまったので、また教えてください。

意を決して外に出て雪訓。僕には支点の取り方が大変勉強になった。コンテの輪どめ式も意外に体が覚えていた。でも僕には大阪方式が一番やりやすい。確保練習で墜落役をする際、視界がない中をダッシュで斜面を下るのは恐ろしい。また、白馬主稜を想定すると、まだまだトレーニングが足りないと思った。

夜は、前の晩に僕の酒を沼田山岳会に全て飲まれてしまったため、コーヒーを大量に飲んだ。するとトイレが近くなってしまい、度々雪を浴びて外に出ることになってしまった。この晩は夜なかなか寝つけなかった。外の恐ろしい程の風の音に不安になっていた。25:00ごろまたトイレに出た。


1/14
最高の天気!やはり雪山は晴れるといい。昨日までの苦痛など一瞬にして忘れた。相談して10時には引き返すことに。果たしてどこまで行けるかな?

オジカ沢の頭までは1箇所を除いて簡単な尾根歩き。人の気配のないところで、僕ら3人でこの雄大な景観を独占できたので気分は良い。青空が目に染みる。果てしない純白の山々は美しすぎる。感動した。で、問題の1箇所では、下を見て、滑落したときのことを想像した。滑落停止など全く使えないだろうと思った。やはり滑り落ちないことが重要だと思った。でも歩行訓練なんてバカバカしくてやってられない。実際に山を歩く際にどれだけ注意力を落とさないかが重要だと思う。

それにしても気持ちがいい。オジカ沢の頭について休憩していたときなど昼寝でもしてみたくなってしまうなあ。

そして爼嵒山稜へ。もっと難しいところだと想像していたが、簡単に歩ける稜線だった。豊岡さんが先頭だったので、昨年3月白馬でコンテにより引っ張られていたことを思い出した。そうだ、コンテは確保技術ではなく、遅いパートナーを引っ張るためのものなのだ。何時の間にか川棚ノ頭に着く。ここから先はまあ似たようなものだろう。ボケーっと赤谷川本谷や仙ノ倉山を眺め、また昼寝でもしたくなった。綺麗なところだなあ。

10時になり、戻る。雪庇が怖い。崩壊線が尾根の反対側にのびているので、12日のような天候であれば気付かずに雪庇と心中してしまうだろう。その崩壊線の中を覗く。アー怖い。肩の小屋まではとても遠くに感じた。疲れた。暑いし。腹もへった。疲れきった状態で小屋に到着。汗ダクになっていた。小屋ではいろんな人が入れ替わり立ち代わり、自分がどれだけ悲惨な目にあったかを話してくれた。皆アホだ。スキー場までひたすら下る。下りでもいい加減疲れた。

下山後はクラックスのトライアングルコース。まずは風呂。あんまり僕の好みではなかった。次は「おこのみや」。まいたけ丼とそばのセット。僕と豊岡さんは普通盛りで吉田さんは大盛り。吉田さんは、なんだ、君たちだらしないね、と言った。オヤジオヤジオヤジわっはっは。今度は岩登りの帰りにクラックストライアングルコースに寄りたい。(岩、湯、おこのみや、でトライアングル)今年は谷川で頑張ってみようと思った。

吉田(法)

12日(土)

朝発は楽だなぁ。前夜ゆっくり準備できるし。と油断してたら、武蔵野線に乗った途端「人身事故により埼京線運転見合わせ中」。なんてこった。と落胆してたら、武蔵浦和駅に着いた途端「運転再開」のアナウンス。よっしゃ。幸先良いぞ。新特急水上も座れて、水上からバスで楽々ロープウェー乗り場到着。しばらく待つと、土合組の豊岡&秋田ペア到着。準備してロープウェーに乗る。手荷物代(200円)は徴収されなかった。

天神平は曇天。時おり陽も射し暖かい。昨年、九十九に入会して初めての山行も、天神平から谷川岳だったなぁ。懐かしいなぁ。初々しい吉田(法)。ってゆーか、あれからまだ一年も経ってないのか? それはともかく、その時は最初のピークを巻ける夏道にトレースが付いていたが、今年はまだ無いようなので一旦スキー場の右端を一番上まで上がってから尾根を歩いた。雪が深いのでワカンを付ける。スキー場内の圧雪されていないところで弱層テストをしてみると、傾斜が緩いところで 10cm、傾斜がキツいところで 50cm の深さに弱層が見られた。手首だけの力で奇麗にスパッと切れた。危険です。

ともかく尾根に上がり、快適な尾根道を歩く。所々雪庇がある。山頂の方は雲の中だ。雲の動きが早い。ルート上には、赤旗がところどころに立っていて、布地には「沼田山岳会」と書いてある。熊穴沢避難小屋を過ぎた頃から天候悪化。1550m 辺りから完全にホワイトアウトし、空と地面の区別が付かなくなる。初めての体験だが、怖いものだ。赤旗は 20m ぐらいの間隔で立てられていたと思うが、次の旗すら見えない。トレースは消えている。幸いルートは磁北線方向に辿ればいいので、秋田・豊岡・吉田(法)の順にまっすぐ並び、コンパスを頼りにソロソロと進む。赤旗が進路を保証してくれて助かった。

さらに風は強さを増し「こりゃダメだな。降りよう」と豊岡君と話していると、秋田君が西黒尾根分岐の標識を発見。海老の尻尾をピッケルで叩き落し、肩ノ小屋への標識を見つけた。小屋まで 50m と書いてあった。しかしその 50m 先の小屋は全く見えない。ロープいっぱいに伸ばせば見えるところまで届くかと思ったが、看板の指す方向にコンパスを合わせ直して慎重に歩いていくと、果して肩ノ小屋があった。心底ホッとした。

中には沼田山岳会のオッサン達が6人ほどいた。良く来たなと歓迎され、赤いきつねと緑のたぬきを御馳走になった。本当にうまかった。装備を外して、水を作り、お茶を沸かして一息ついていると、沼田山岳会の食前宴会に招待された。小屋に大量の食糧・酒をデポしているらしく、焼酎のボトルやツマミを「呑め。食え」と差し出される。秋田君は猛吹雪のトップで精神的に疲れたのだろう、早々と沈没。その隙に、秋田君が提供した赤ワイン1リットルは、沼田山岳会のオッサン達が「やっぱワインは赤だな。渋みがいいよな」とか言いながら呑み尽くしてしまっていた。話は多岐に渡ったが、「土嚢袋支点」というのを教わった。水害時に自衛隊が使うあの土嚢袋に 1/3 ほど雪を入れ、捨て縄で口を縛り、スッポ抜けないよう折り返して適当に処理する。これを埋めると2トン弱の加重に耐えられる支点になるらしい(実験済みらしい)。1枚数十円程度と安価、紫外線で分解するので残置しても問題が少ない、ということで沼田山岳会では多用しているらしい。しかし本当に紫外線で分解するのかは怪しいと思った。もらった袋はどう見てもナイロンを含んでいるように思う。

暗くなって宴もお開きとなり、晩飯の支度にかかる。ジフィーズの正しい作り方を豊岡君が披露。ガスと時間が十分にある場合だけ有効だが、きっちり水を計り、その水へジフィーズを投入、蓋をせずに、中火で水が飛ぶまで煮る。確かに普通に作るより美味しいし、しっかり水を吸って体積も増えている。何より暖かいのが良い。食後、豊岡君が持ってきた写真を見せてもらったり、いつも通り馬鹿な話(注1)をしたりして、風の音を聞きながら寝る。
(注1) なぜか渡部さんの話が中心。

13日

朝になっても天気は回復せず、外は猛吹雪。朝飯ラーメン。9:00 になっても全然回復する兆しも無いので、停滞を決め込み、雪訓DAYとする。

豊岡講師により、まずは滑落停止。初めてアイゼンを付けてやってみた。けっこう怖い。そしてスタカット。スノーバー・デッドマンの使い方、スノーボラートでの確保。スタンディングアックスビレイも。たくさん教わったぞ。要復習。

一度小屋に入り休憩。小屋の中で講師が数々のロープワークを披露。まるで手品師のように、次々と結び目が作られる。スリップノットやシートベントは、ちゃんと使えるようになろう。

休憩の後は、コンテの練習。輪止め・大阪方式・ヒマコンを教わった。それぞれ登り下りトラバース、トップ・セカンドで練習したが、僕的には大阪方式が一番確実なようだ。輪止めはロープをうまく流すのが難しく、ヒマコンのグリップビレイは普段使わないビレイ方法なので慣れない。しかし、そもそもヤバいところでコンティニュアスにするのだろうから、自分のことだけで精いっぱいになってしまうようでは、全然意味が無いどころかむしろ危険。コンテを使うようなところには行きたくないかも。

みっちり 3:00pm まで練習して小屋に戻る。結局終日吹雪。沼田山岳会の人は撤収して、我々三人だけになった。まさかこんな日に登ってくる奴もいないだろうと思っていたら、中年夫婦と思われる男女二人が入ってきた。西黒尾根を登ってきたと言う。すごい。晩飯はジフィーズチャーハン。適当に酒呑んで、馬鹿話(注2)をして寝る。
(注2) 渡部さんとか渡部さんとか渡部さんの話。

14日

何度か夜中に目が醒めて耳をすますと、風のビュービュー鳴る音がして、諦め気味だったが、朝外に出てみると快晴だ。風も弱く、雲一つ無い。素晴らしい。不要な荷物は小屋にデポして、俎嵒山稜を目指す。できれば川棚ノ頭まで行きたいところだが、ラッセルが心配でちょっと弱気なスタート。

あまり歩きやすいとは言えないクラストした尾根を西へ進む。オジカ沢ノ頭の手前では、雪庇が大きく南側に張り出し、崩壊線が 3m も内側を走ってた。その後 1800m 付近で、一箇所巻き気味に登る急登がちょっとヤバめだったが、あとは奇麗なリッジの俎嵒山稜を眺めながら歩く。群青色の空、純白の鋭い稜線。なんて奇麗なんだろう。オジカ沢ノ頭で休憩して、俎嵒山稜に入る。ピーク直下にドラム缶状の避難小屋があって、中を覗こうと扉を開けたら閉められなくなって焦った。とりあえず雪でくっつけて閉めてみた。その先は、雪庇がさらに大きくなり、崩壊線は 10m ぐらい風上側にある。怖い。それ以外はそれほど困難なところも無く、ラッセルも無く、テクテク歩いて川棚ノ頭に到着。素晴らしい眺めだ。来シーズン行ってみたい赤谷川本谷も、すっかり雪に埋もれている。

10:00am に後ろ髪を引かれつつ往路を戻る。ちょっと雪庇の崩壊線の中を覗いてみると、凄く怖い。まさにクレバス。うひー。日差しがあり気温が高いためか、すぐにアイゼンが雪でダンゴになって歩きにくかった。1800m 付近の急な下りで秋田君に殺されそうになりつつ、肩ノ小屋へ戻る。腹も減って、小屋の手前の登りがつらかった。

小屋では元 CRUX の方や、谷川岳 3000回登頂を目指す森さんに会ったりした。荷物を撤収し、天神尾根を下る。シリセードするも、あまり滑りが良くない。ついでに疲れが出て、僕だけペースが遅くなる。右手に俎嵒山稜を眺めつつ、なんとかロープウェー駅に到着。お疲れ様でした。

荷物を片付けてロープウェーで下山。楽チンだなぁ。でも帰りは手荷物料金をとられた。バスに乗り継ぎ、湯檜曽で下車。CRUX 流の谷川巡礼コースを回る。まずは、相田みつをの色紙がやたらに貼ってある小ギレイな宿の風呂に浸かる。いい湯だった。次いで蕎麦屋「このみ」に入り、ビールで乾杯、またもや馬鹿話(注3)をしながら、マイタケのかき揚げ丼と蕎麦のセットを食らう(吉田(法)は大盛り)。このかき揚げ、丼からハミ出すほど大きく、しかもウマい。また食べたい。是非食べたい。いますぐ食べたい。あれを食べるために谷川へ行ってもいい。しかし豊岡君は風呂で財布を無くしてしまい意気消沈。無くすこともあるさ、にんげんだもの by みつを。

バスで水上へ。暖房の効いた電車に乗る。本当にお疲れ様でした。
(注3) ここでは、渡部さんの話が出てました。