赤岳天狗尾根、阿弥陀岳北稜Date: 2002.2.9-11Area: 八ヶ岳 Members: L.豊岡、秋田、吉田(法)、神保 Type: 個人/バリ |
![]() 阿弥陀山頂にて 吉田(法)・秋田・豊岡・神保 |
| 豊岡
2/8 21:30 代々木駅、代ゼミ前集合 ナマステタクシ−安藤号にて美し森駐車場へ。(片道10000円) 安藤さん、わざわざありがとうございました。 2/9 雪(朝のうち一時晴れ) 6:16 起床 秋田さんのシュラフをまくスピ−ドがアップしていたので関心した。(だれもこんなところを見やしないが・・。) 7:12 出発 鬼の吉田、地獄のハイペ−ス(新幹線ス−パ−ひかり 300系ミックス)で3人バテバテ。休みをとらせてもらえず。 7:52 地獄谷林道ゲ−ト 9:50 出合小屋 日記帳には「1/26 天狗尾根から赤岳へ行きたいです。あと二日で二十才の単独行者。ペンネ−ムバ−バリアン」と書かれてあった。(これって阿部だろ−。) 10:10 出合小屋出発 ここから先はトレ−スなし。 10:23 天狗尾根取り付き 赤岳沢を少し詰め、適当に尾根に取り付く。わかんをつける。 「トレ−スがなければつければよい!」 「トレ−スは自分たちでつけるものだ!」 12:15 雪稜と化した小岩壁帯 12:23 2100m地点平坦地T.S. 天狗尾根上の幕営地は小岩稜帯をはさんで大きなテントが張れる広い平坦地が3〜4ヶ所、小さなテントであればかなり上部でもところどころ張れる。今回は小岩稜帯のすぐ上の平坦地。 2/10 雪 4:06 起床 6:05 出発 アイゼン、ハ−ネス、ヘルメットをつけ出発。樹林帯の登りで、先行パ−ティ−に追いつく。吉田&秋田はあまりの遅さにしびれをきらし、高速ラッセル(中央線ノンストップ特快ミックス)で先行パ−ティ−を置き去りにする。(ここで抜いていなかったら、渋滞につかまり、天候の悪化とともにハマっていた。) 7:15 カニノハサミ 左から巻く。抜けるとすぐに急な雪壁。後続パ−ティ−はこの雪壁でFIXしているらしく渋滞の原因となる。「あと何パ−ティ−ですか−。」「4パ−ティ−で−す。」の声が何度かとどろく。 7:40 30m岩壁 右から巻く。雪のついたスラブをトラバ−スして、ルンゼ状の雪壁を直登。(2P) 9:15 30m岩壁 左から巻く。バンドをトラバ−スしてフェ−スを直上。露岩を左から回り込むようにして雪壁を登る。潅木でビレイ。(1P) 9:30 小岩峰 右を通過したところで急な雪壁を登る。潅木でビレイ。(1P) 9:40 大天狗 風雪が激しくなってくる。 (リ−ド秋田/フォロ−吉田) フェ−スを一段直上し、トラバ−スで右上、右肩へ。潅木でビレイ。 (リ−ド豊岡/フォロ−神保) フェ−スを直上。右肩に出てから、10m進み、潅木を掘り出してビレイ。神保さん直登できず、トラバ−スで右上。「残置支点はひとつ。トップ、セカンドの確保ともに潅木が使える。ホ−ルドは豊富。」 10:40 小天狗 左から巻く。 11:40 主稜線 風雪がさらに激しさを増してきたので、赤岳は割愛する。文三郎道をくだるも、長蛇の列。 12:37 行者小屋 テント設営後、ゆっくりする。神保さんは顔が蒼白で100回分の山行をしたような顔つきをしていた。精力を使い果たしたようであった。水があるかもしれないと小屋に向かう。「今回は知っている人に合わないねえ。」などと吉田さんと話していたら、高津さんと遭遇。眼鏡をかけていなかったので一瞬わからなかったが、びっくりした。山と渓谷社、ロクスノ編集長の萩原さん&新井さんとも会い、さらにびっくり。さらにさらにテントの前ではバ−バリアンの阿部ちゃんとも会う。 2/11 雪のち曇り 3:00 起床 4:30 出発 雪が舞う中、ヘッドランプの明かりを頼りに中岳沢を詰める。途中、尾根状のところからジャンクションピ−クをめざす。急なところもあったが、問題なく高度を稼ぐ。 6:05 北稜岩稜帯 ちょうど明るくなってくるも、すっきりした展望は得られない。左側から取り付くことにする。 6:30 1P目 (リ−ド/豊岡、フォロ−/神保) (リ−ド/吉田、フォロ−/秋田) ハ−ケンの利くリスが見つからない。残置ハ−ケン1つとアイスバイル2本、計3箇所でビレイポイントを固める。フェ−スから右を回り込むようにしてリッジ上へ。大きなピナクルでビレイ。 7:00 2P目 (リ−ド/豊岡、フォロ−/神保) (リ−ド/秋田、フォロ−/吉田) ナイフブレ−ドを1本打ち、中間支点をとる。フェ−スから雪壁を登り、数mの切れた雪稜をいく。潅木を掘り出し、ビレイ。 7:30 終了 頂上までコンテで抜ける。ときおり、青空が見える。 8:00 阿弥陀岳 下降ル−トを誤り、南稜へ下る。コンパスを見てみると方向が全然ちがうのに気づき、登りかえし、正規の方向へ。(ここはひとつ、でしゃばらせてもらった。)ガスも徐々に切れてくる。赤岳方面がうっすらと晴れていて、太陽の反射光で幻想的な世界を作り出す。 9:30 中岳 10:18 行者小屋到着&テント撤収 11:15 行者小屋出発 12:22 赤岳山荘 13:09 美濃戸口 ICIの竹内さんとばったり出会う。(粂野さんと僕のフライに関わっている方)「学生なんだからわざわざ込んでいるときに来ないで平日に来ればよいのに・・。」 14:46 茅野行きバス(900円) 15:47 新型あずさ(5360円) 休日はやはり込み合う。指定席と自由席の間は並ぶ人が少ないのでここのデッキは広く使える。乗車販売のお姉さんは気合のラッセルで切り抜ける。 18:00 無事帰京 久々に実働を完遂したので充実した山行となった。次は、旭岳東稜か、それとも赤岳西壁主稜か・・・。 感想3人のレベルアップのために、と計画された一連のプロジェクトもあと残すところ2回となりました。吉田さん、秋田さんの成長ぶりは狂気じみていますね。思えば、1年前に白馬岳と対峙したときから「主稜」が頭にあったわけで、目標としてきました。気づいたときには、憧れの白馬岳主稜が足元にあるのではないかと思います。 |
吉田(法)
8日(金) 代々木でナマステハイヤーに乗り、美し森まで。助かりました。ありがとうございました。テント設営後、所沢の酒屋でゲットした銘酒「雪の茅舎」を独り呑む。これからも入荷してくれるそう。やった。 9日(土) 今回は、秋田君と僕とで全てのルートファインディングを行なう予定。さぁて、どうなることやら.... 駐車場からトレースの付いた遊歩道のような道を進む。途中一本。出合小屋には男女一組の先客がいたが、先に出て行った。後に旭岳東稜へ向かうパーティが入ってきた。先に出た男女は天狗尾根に向かったようで、トレースが期待できそう。後を追うように赤岳沢に入る。 ----が、先行ペアは沢を奥まで詰めていき、なかなか尾根に上がらない。我々は赤岳沢に入って 100m ほどのところから左の天狗尾根に上がる。適当に上がってしまったが、もっと手前のルンゼから上がった方が良かったかもしれない。雪が深いのでワカンを付けてラッセル。斜度もあり、ラッセルが厳しい。赤テープはあるものの、そのテープに沿って進むとやたらと変なところに導かれる。倒木を乗り越えたり、藪をくぐったり。嫌気がさして自分の行きたいように行くと、深いラッセルが待っている。ワカンの付け方がヘタクソな吉田(法)と秋田君は、だんだんワカンがずれてくる。苦労して稜線に出て、ワカンを外す。 稜線に出ても鬼のようなラッセルを繰り返し、2100〜2300m の幕営適地区間に差しかかる。まだ時間があるので、ギリギリまで高度を稼ぐ。最後のテン場で幕営。テント設営作業中にも続々とパーティが通過。上で幕営するのか今日中に突破するのか。できるだけ遠くまでトレースを付けておいてくれと願いつつ見送る。 10日(日) 夜間の風の音が爆音のようだったので天気が心配だったが、起きた頃には治まっていた。曇天。準備して出発。途中、何基ものテントがまだ張ってあった。先 行するパーティもありラッセルでは助かったが、じきに先頭パーティに追いついてしまい、しかもラッセルしていないメンバが遅いようで、痺れを切らしてアウトから抜きにかかる。コーナーぎりぎりでトップの人を追い越せなかったが、しばらくスリップストリームした後にスロットルをひと開けしてパスする。 いつの間にかカニノハサミを通過。30m 岩壁は、FIX 沿いに右へトラバースして草つきを直上。秋田君の後、吉田(法)が続く。去年の豊岡君の情報から FIX は頼れず、アイゼンの先だけのトラバースでヒヤヒヤする。ロープを出して神保さん確保の準備。ロープ末端を豊岡君に渡し、秋田君がビレイ。吉田(法)は先行してラッセル。小岩峰手前の岩場は左から巻いたが、稜線通しに赤テープが付いていた。ここから神保さんと豊岡君はコンテ。 小岩峰は右から巻いた。すぐに大天狗が眼前に迫る。右側に二箇所弱点のような部分が見えるが、近づいてみると上の方の弱点に残置スリングがあった。ロープを出して秋田君リード、吉田(法)フォロー。取り付いてみると、見るよりもはるかに怖い。ピナクルから右へ逃げてしまった。 あとは小天狗を右に見送り、一般路と合流。しかし猛烈に冷たい風が強い。ガイドによく書いてある八ツの寒さとはこれかと思った。梯子も鎖も雪で埋まっているので、気を抜けない。竜頭峰手前の分岐で一同揃ってみると、神保さんと豊岡君の顔の一部(左頬と鼻)が凍傷で白くなっている。ちょうどミカンの皮の内側のような感じだ。神保さん、急いで簡易マフラーから毛の目出帽に代える。天気は最悪で凍傷の進行も心配なので、赤岳登頂は辞めて下山する。 文三郎道は、この悪天なのに登山者で大渋滞。でも風も無くなって、雪が豊富でかなり快適に下る。行者小屋のテン場でちょうど空いている整地済みサイトを見つけて幕営。二人の凍傷のあとは、かすかに黒ずんでいるが感覚も戻っており大丈夫なようだ。神保さんはヒルドイド軟膏を処方。あとで頬がポカポカしたそうな。 11日(月) まだ暗いうちに出発。文三郎道と別れ、しばらく新道をラッセルして、右の阿弥陀北稜に上がる。深い雪をラッセルして稜線に出て、ジャンクションピークを過ぎると、今度は急な雪壁をラッセル。ハイマツを手がかりに登る。今回はラッセルばっかりだ。 僕のヘッドランプはアルカリ2本で動くヤツだが、今回のように気温が低い中で行動すると、徐々に暗くなり終いには消えてしまう。もう 10年ぐらい使っているので寿命なのかもしれないけど。リチウム電池で LED のヘッドランプの方が明るくて軽くて長持ちで、それほど高いものでもないので替えようと思った。みんなも替えよう! そんで予備電池はリチウム電池に会で統一しよう!あ、でも僕のビーコンは単4だ〜。世の中うまくいかないものだ。 明るくなってきた頃に、ようやく岩壁に突き当たる。ガイド通りフェースの左側のクラック周辺で支点を探すが、ハーケン1個しか見つからないので、ピッケル2本も追加して支点を作る。豊岡&神保が先行。クラックの左の凹状から登っていった。続いて同ルートを吉田(法)リード。フェースの上に出た後、簡単な岩を登り、大きなピナクルでピッチを切る。秋田君はそのままツルベで次のピッチへ。フェースを右上気味に登ってリッジからハイマツ帯へ。こんな暗号のような文章を書くようになるたぁね、驚きッスよ自分でも。 終了点からは秋田君と大阪府岳連式でコンテ。前回谷川で教わったヤツだ。復習かつ練習。サクっと阿弥陀頂上へ上がるが視界ゼロ。ここで吉田(法)はキジ撃ち。めっちゃ寒かった。さてここからが問題。下山方向が分からん。何度もコンパスと地図とをニラメッコして、こっちだと進んで見ると、とても一般路とは思えない急峻な岩場に出くわした。なんと南稜らしい。もう一度頂上に戻って1本ずつ尾根を確かめる。北稜と南稜の間のはずだが、岩峰しかない。おかしいなぁ。ここで豊岡師匠が正解を発表。北稜だと思っていたのが下山路だった。北稜は下山路から派生していたのでした。まだまだ青いぜ吉田(法)。 中岳沢のコルへ急な雪壁を下り、かったるい文三郎道分岐への登り返しを越えて、文三郎道に入るとホッとした。途中で、赤岳主稜とショルダーに取り付いているクライマーを見学。主稜は2ピッチ目が難しそうに見えるが、核心は1ピッチ目のチムニーらしい。テン場に戻り撤収。 退屈な下りを、グリセードの真似事をしながら退屈しないように下ってみた。途中急な斜面にシリセードしたような跡があったので、嬉々として滑ってみたら、スピッツェだけでは制動できないぐらいスピードが出て焦った。思わず滑落停止姿勢。面白くて再び滑り出し、再び滑落停止。面白〜い。続いて秋田君も滑ってきて滑落停止。二人でもう一回滑ろうと登り返す。アホだ。でも全装背負った状態で滑落停止の経験ができたので良しとする。 赤岳山荘前で一本。順調に美濃戸口まで来て風呂入って、バスで茅野へ。新型車両のアズサで立ったまま帰京。神保さんは大変だったかなぁと思って「こういうこと(アルパインな山登り)をやる予定だったんですか?」と聞いたら「もちろんです」と頼もしい返事。僕や秋田君とは下地が違います。 お疲れ様でした。 |
神保
2月8日 代々木駅前に集合、安藤さんの車で美し森へ。 そしてうちらを降ろして安藤さんは帰っていきました。ありがとうございました。 空には星が出てたが風が吹いていて寒かった。 テントを張ってすこし喋ってから寝た。風邪がビュービュー 2月9日 くもり、これから向かう山は黒くてどんよりしていた。準備をして出発。まわりにもいくつかのパーティーが準備していました。トレースがついていたので楽に歩くことができました。順番は吉田、秋田、神保、豊岡の順でした。いつものことだが最初の1時間ぐらいは体のボルテージが上がってこないのでなんだか体がだるかった。 1時間半後ようやく休憩。パンを水で流し込んだ。ところどころ日差しが差し込んでいたので雪目を気にしてサングラスをかけた。 あっという間に出会い小屋に到着。なかにはカップルと思われる2人組みがすでにいました。 15分後出発、すぐにトレースのない斜面へと進路を変えた。が、雪が深いのでその場でわかんを装着。 再度出発!吉田さんと秋田さんが交代でラッセルをしてくれた。俺も変わるべきなのだろうが 3番手なのについて行くだけでいっぱい×2でとても先頭を代われる余裕はなかったです。(先頭いきまーす!っと言えるように体力つけます)ひたすら林道をラッセル!ザックの上に付けたマットが枝に引っかかる。そのたびにガンタンク作戦! 昼すぎには 2300m地点、今日のテンバに到着。テントを設営していると出会い小屋にいたカップルが通過する。 その後も何パーティか登っていった。今日は危険なとこもなく距離も短かったのでとても楽でした。テントの中ではかなり時間を持て余していた。スリングの結び方やロープをカラビナに固定する方法(名前をわすれてしまいました)を教えてもらいました。 ついに待ちきれず少し早かったが夕食にしました。今夜のディナーはにんにく入り焼き飯でした。 2月10日 ついにこの日が来てしまった。イメージと写真では見ていたがいったいどんなとこなのかとドキドキ、ビクビクしてました。 完全装備をして出発。いきなり岩がでてきた。秋田さん、吉田さんはフリーで軽々いくが落ちたらまちがいなくただでは帰ってこれないようなところだ。 秋田さんにトップロープをしてもらったがなかなか手と足のバランスがうまくいかず体が思うようにうごかなかった!こわかった! 距離は短かったのですぐ岩場は通過したがそのまま雪の急斜へ!キックステップとバイルを利かせて登っていった!気が付くとというより気づいてなかったがその時はリードで登っていたことにあとで気づき怖くなった! それ以降何度と岩場があったがトップロープだったので怖さもなく快調に登ることができた。途中のスノーリッジは横が切れ落ちているので高度感がとても怖く感じた。最後の岩場大天狗に到着!もちろんまいた。まず最初に秋田さんがリードで登る、そして吉田さんがトップロープで登る。つづいて僕は豊岡さんのビレーをした。その時に出会い小屋で会ったカップルにおいつかれる。ビレー完了。つづいて自分の登る番になった。その時後ろのカップルの声が聞こえてきた。男「今から登る人の登り方をよくみとくんだぞ」女「はい!」俺の心の中「おいおい、俺の見てもいいけどまねしないほうがいいぞー」 神保登る、がいきなり止まる。かにのように横に移動しつつ、カラビナを回収しつつ登る!おまけに残置スリングも回収してしまった。 なんとか大天狗も超えることができました。 そこからは豊岡さんとロープをつないでリッジをあるきました。 横からの風が強くてほっぺたが痛かったです。まつげからは氷がぶらさっがてました。赤岳頂上手前で自分の顔色があまりよくないとのことで頂上には登らず行者小屋に向かいました。 2月11日 朝 3時起床。4時に真っ暗闇の中、阿弥陀の北稜に向かいました。真っ暗闇の中ラッセルすること1時間半ほどで 岩の取り付きに到着。このころにはようやく明るくなりヘッドランプもいらなくなりました。岩は階段状になっていたので比較的登り安かったです。(っといってもいっぱいいっぱいでしたが) 阿弥陀の頂上に到着。しばらく休憩し、帰る時南稜に降りて行こうとしたが違うことにきずき無事に帰ることができました。美濃戸口で風呂に入ってかえりました。 感想今回は初めてのバリエーションということでドキドキワクワクでした。日ごろから走ったりして体力をつけているいるつもりでしたがほかの人の体力にびっくり! もっと鍛えなければと思うことが多かったです。 ハーネスを付けて、ガチャをいっぱいつけてスリングを体に巻き、メットをかぶる。そういう人を見てあこがれてた姿を自分が今していると思うとうれしくて酔いしれてました。2日目の一番最初の岩で僕以外の人はフリーで登っていったが慣れてくるとロープなしで登ってしまうようになってしまうのでしょうか?こわいですねー。最初の岩が怖い印象があったがあとは慣れたのかボチボチ怖いってかんじでした。(どっちみち怖かったんですけどね) 山にいた時はいっぱいいっぱいでしたが下界に降りてきて考えるとまた行きたいという気持ちがふつふつと湧いてます。 もっともっと技術、体力、精神力をつけていつか言います「トレースは自分でつくれ!」ってね。 |
秋田
2/8 ナマステハイヤー(わざわざありがとうございました)で美し森へ。車中、5人でガハガハ笑いながら行く。今までのトリオ編成での時とは違い、ネタも豊富で楽しかった。 TEAM69新加入の神保さんはドラゴンボールにもチョイ役で登場したことがあるらしい。それから、よく分からないが、渡部さんの新しいニックネームは「ゴールド」らしい。僕はもちろんその由来をしらない。渡部さんがゴールドならば神保さんはいぶし銀の「シルバー」だと思う。また、神保さんはルックス的に HARDCORE SUPERSUTAR のギタリスト、シルバーシルバーにも似ている。(坊主だから)ちなみに HARDCORE SUPERSUTAR の最新作は、あまり評判はよくないが僕は好きだ。特に Do Me That Favour, Significant Other, Dear Old Flame, That's My Life がいい。でもやっぱり前作 Bad Sneakers And Pina Colada のほうがいいな。もう以前のアブナイ毒気を撒き散らしていた頃とは別のバンドになってしまった気がする。残念。というわけで TEAM69 は強力なメンバーを得た。 テントを張った後、どうしても吉田さんが酒を呑みたいというのでみんな仕方なく付き合う。かくして、新生 TEAM69 の夜は更けていった。僕はまたひどく酔っ払った。 2/9 昨晩自分達がどこに泊まったのかよくわからず、位置確認にてこずる。八ヶ岳に来る度に思うのだが、山麓部分はとてもかったるい。長いし。出合小屋までつまらないうえに吉田さんがかっ飛ばすので僕は死にそうだった。そして軽い貧血になってしまった。やはり僕は体質的に登山にはむかないらしい。でもそんなこと構うものか。僕は物好きなのだ。 赤岳沢から天狗尾根に上がる時、みんなも物好きっぷりを発揮してくれる。藪こぎとラッセルを好き好んでやるなんてやはり普通ではないだろう。みんな変人である。変人。 尾根まで出る際、ルートがわかりづらいが、僕の鋭い目は常に遠くの赤テープを捉えていた。目といえば神保さんである。でも、こんなテープ無視して適当に登りやすいところを上がって行ったほうがいい。どうせすぐに尾根上に出られる。その後もサイト場までラッセル地獄。吉田さんがほとんどラッセルしてくれたが僕はバテた。豊岡さんは、道は自分で作るものと言った。僕はやおら真似したくなった。僕は、将来後輩に同じことを偉そうに言ってやるつもりである。 テントの中でロープの結び方を神保さんと確認。テントトークは以外と盛り上らない。せっかくカルテットになったのに。神保さんはまーだ猫かぶっている。会話よりスーパーベルズの訳のわからないピカソのような音楽に笑った。 2/10 とてもショックなことが起きた。僕は朝はメッポウ強い自信があり、起床係を自負しているが(特にフリークライミングに行く時)、今朝、豊岡さんに起こされるまで目覚めなかった。今まで少しの物音にも目を覚ますことができていたのに。かなりショック。まあ、寝坊する気満々だったけれど。汗のせいか、寝袋がとても小さくなった。 さーて今日は天狗尾根も本番だ。先行Pが遅いぞ。俺はイライラ。でも吉田さんはもっとイライラしていたらしい。わざわざラッセルして、トレースをたどる先行Pを抜き去った。吉田さんはとても体力がある。オヤジのくせに。僕はとてもかなわない。 かにのはさみは印象的。ここは晴れたら本当はすごいルートなのではないだろうか?でもすばやく通過。 そして30m岩壁。右へトラバースしてまく。なーんかいやらしそうで怖いが僕はロープを出さずに行く。通過して結構ヤバかったので、神保さんのためにロープを出してビレイ。自然の岩場で支点の取り方を考えるのは面白いし難しい。そのまま、吉田さん、神保さん、豊岡さんに先に登ってもらい、僕は最後まで待つ。おー寒い。それからみんなが落としていく雪が顔や頭に直撃し、痛い。僕は、渡部さんが天狗尾根を一般ルートのようなとても簡単なルートと言っていたのを覚えていた。でもここはちょっと難しかった。少しここで考えを改めて、気を引き締めなおす。登ろうとする矢先、上からロープが落ちてきた。豊岡さんが誤ってロープを落としたのだ。仕方なく不安定な体勢でロープをたたみ、雪壁を登る。ここからは豊岡さんと神保さんはコンテ。吉田さんは先にラッセルしていた。その後も色々と岩峰が登場するがグネグネと巻きまくり、やり過ごす。巻くとちっとも面白くはないが、とてもとても登れそうにもない。適度に刺激はあったからよしとしよう。 ここは晴れたらやはりすごいルートなのではないだろうか。寒い。 終盤、僕は疲れて楽しむ余裕をなくした。一般路と合流し、やや安心する。と思っていた矢先、神保さんが頬と鼻を真っ白にして登ってきた。とても焦った。僕は何度も早く顔を覆えと訴えたが、放心状態なのか風がうるさくて聞こえなかったのか、神保さんは僕の言うことがなかなか分からなかったらしい。かと思えば豊岡君も同様に凍傷になりかけている。僕は怖くなった。 赤岳の頂上はもうどうでもよくなった。佐藤さん直系の「せっかく主義」もここではおとなしかった。一般路しか登っていなかった時は頂上しか頭になかったが、ルート を終えるだけで満足するようになってしまった。その後、斜面を適当にトラバースしまくっていたらルートを外してしまったらしい。すぐにルートと合流し、渋滞にはまる。そして文三朗道をのんびり下る。 キャンプ場に到着。キャンプ場はいいなあ。ほっとする。テント生活もいいなあ。よっぱらってアホ話をするのはいいよなあ。みんな山を登っているときのことばかり書いているが、キャンプ場にいる時のことだってみんなもっと書いてもいい気がする。例えば、いかにみんなが渡部さんのことを話題にしていたか。 ただし、今回は総じて、テントトークは寂しかった。セフィーロだけが笑えた。Fakeという曲がよかった。これからはラジオに負けないようにしよう。それにしてもみんなおとなしかった。僕は眠たくなってすぐに寝た。2時間くらい寝て僕は目を覚ました。外ではなにやら騒がしい。別のテントではまだ酒でも飲んでいるのだろう。テントでは中にいると密室の気分になってしまうが、音は筒抜けだ。遠くのテントで卑猥な会話がされている。僕はニヤニヤした。かと想えば別なテントでは沢登りの話しをしている。俺は泳ぎなら負けないからな。一度目を覚ますとなかなか眠れない。僕は色々なことを思いだし、考えていた。テントのみんなはどうやら眠っているらしい。このテントの中で、目を覚ましているのは俺だけだ。眠れないのは明日の行程を考えると焦るが、一人で時間を独占している気になれる。僕は高校の一時期はまっていたSTONESのことを思い出していた。俺は稲妻小僧。Slipping Awayもいい。でもマニアには最近のSTONESなど、面白くもなんともないのだろう。まあそんなことどーでもいいか。ところで、たしかMickはもうとっくに50を越えている。もういいおやじだぜ。でもあんなに元気一杯やっている。それならば俺だって。 僕はイマジネーションとイリュージョンを働かせた。ヒールフックでルーフを突破したり、出来ないボルダーの課題を突破したり。100万光年の距離を移動してきた光を 食べもした。 2/11 真っ暗なうちから出発。どうやら阿弥陀岳・赤岳方面には我々がキャンプ場で一番早い出発らしい。ざまーみろ。しばらくトレースの薄い一般路を登り、適当に阿弥陀北稜にはいあがる。ラッセル、ラッセルで苦しい。そして何時の間にか「普通に」ものすごい傾斜の雪壁を登っている。昨年のこの連休は一般登山道でヒーヒー言っていたのに。あ、神保さんはすごいなあ。のっけからこんなとこに来て。 そして遠くに岩壁がボーっと見えてきた時、僕は震えた。難しそうに見える。でも近くに来ると、なんとかなりそうにも感じられた。で、ビレイ用の支点を探すが、なかなかみつからない。ようやく吉田さんがハーケンを1本見つけるが、それだけでは心許ない。豊岡さんはハーケンを1本付け足すが、うまく打ち込めないのでバイルを支点に使う。こうした作業も少し前までは人に頼っていたが、自分で切り開こうと試みるのは何とも面白い。また、豊岡君と来ると甘えも妙な甘い考えもなくなっていい。2Pロープを出したが、簡単だった。神保さんも楽しめているようだ。そして無事終了。頂上までは吉田さんとコンテ。 とても疲れていて、もう登るのはうんざりだった。 頂上で吉田さんが雉を5、6匹打ちまくっている間、僕は凍えながらコンパスで方角を確認した。進むべき方向は分かった。でも下り出そうとすると、どれがルートかよくわからない。吉田さんとあれだろうと結論を下したのは、何と後に阿弥陀南稜と判明する。それを下ろうとしたら、当然のことながら危険なところに出くわした。これはないだろうと再び吉田さんと地図を確認。豊岡パパは不出来な息子でも見ているようだった。とりあえず戻る。ピークでもとりあえず右往左往してみる。パパが正解を教えてくれた。なるほど。分かれば簡単なこと。下りるルートは、頂上付近では一部 北稜と同じだったのだ。登ってくる時にそれに気付いたのに。 下りは結構急傾斜で怖い。この時だけ、天気が良くなり、赤岳がとてもカッコよく見える。でもうるさい登山者もたくさん目に入る。人さえいなければ八ヶ岳は最高だろ う。中岳を登る。うざい。文三郎道まで登る。もっとうざい。僕はもう登るパワーも気力も尽きた。文三郎道は快適にくだる。赤岳主稜を見ながら。難しそうだが、是非一度登りたい。 行者小屋に到着後、少しボーっとしてみてから下山。かったるいところを行っていたら、やおら吉田さんのクレヨンしんちゃん風の目が輝き出した。シリセードに絶好の斜面があった。すると吉田さんが落っこちて行った。僕は吉田さんの滑落具合(とてもシリセードに見えなかった)に一瞬恐怖を感じたが、同時にうれしくなった。僕も落ちて行った。おもしろーい。アホ1号とアホ2号はわざわざ長い距離を登り返し、もう一度落ちなおす。せっかく主義炸裂。神保さんと豊岡パパは呆れていた。目が、ばーか、と言っていた。構うものか。僕はこの行者小屋から美濃戸までの下山路が大好きになってしまった。 つづく |