五竜岳 GII 右稜

Date: 2002.4.20-22
Members: L.豊岡(OB)、神保
Area: 北ア
Type: 個人/バリ



20日
神城駅(7:30)〜とおみ駅(8:00-8:30)〜アルプス平駅(8:50)〜地蔵ノ頭(9:20)〜小遠見山(10:20)〜中遠見山(11:00)〜大遠見山(11:45) 〜西遠見山T.S.(12:30)
21日
T.S.(5:00)〜右稜下雪稜取り付き(6:10)〜右稜取り付き(6:40)〜 中央稜との合流点(11:30)〜GUノ頭(12:00)〜五竜岳(12:48)〜五竜山荘 (13:42)〜ビバ−ク決定(16:12)〜五竜山荘B.S.(16:40)
22日
B.S.(5:38)〜T.S.(7:23)〜アルプス平駅(11:00)〜とおみ駅(11:15)

19日(金)
急行アルプスにて離京。信濃大町から大糸線「南小谷」行き(5:32)で神城駅下車。

20日(土) 晴れ/曇り(風は穏やか)
五竜テレキャビンの始発が8:30なので神城駅で待機する。やることもないのでゆっくりと歩くことにする。とおみ駅で準備をしながら待ち、五竜テレキャビン(1040円)でアルプス平駅へ。正面には武田家の紋章「割菱」がくっきりと見える。リフトは使わず、歩いて地蔵ノ頭へ。晴れてはいるが展望はいまいちで鹿島槍ケ岳の北壁の部分だけがガスっている。白馬三山もいまいち。雪庇は小遠見山までは左に、中遠見までは右に発達している。部分的に細いところもあるがやさしい。大遠見から西遠見までは広く幕営適地が多く、ここにテントを張る。五竜東面はガスで包まれてしまったが、ときおりガスもサ−ッと引いてその威圧的な山容を見せてくれた。その間に明日の偵察をしっかりと行う。G0は何本も支稜が派生していてどこからでも取り付けそうだ。雪壁登攀の割合が多そうだが、雪崩の後がしっかりついている。GII右稜、中央稜ともに雪はほとんどなく黒々している。GII中央稜へはA、B、C各リッジ間のルンゼ状の雪壁が使えそうだ。右稜よりも雪が多そうである。GI「割菱」には雪がついていない。G0、GIIのコルから容易に取り付けそうであったが、βガリ−には雪がついていなさそうであった。それよりもGIV〜GVI、北尾根の雪稜は魅力的であっ た。いたるところに雪きのこを発達させ、そのモコモコした稜線は非常に美しかった。力をつけたらぜひ行ってみたい。

21日(日) 曇り/小雨/雪/吹雪
いきなり寝坊して3:40起床、5:00出発。視界はあまりよくないが、ときおりガスが引いて東面の各稜が見渡せる。西遠見山から派生する支尾根を樹林帯に沿って下降し ていく。下り始めで懸垂下降 25m 1ピッチ。シラタケ沢に降り立ち、デブリを乗り 越えGII右稜へと続く雪稜に取り付く。いったん取り付いてしまえば雪崩の直撃はなさそうだ。緩い雪壁をA沢側からリッジに乗る。広い雪稜をほどなく進むと右稜の末端壁に突き当たる。支点を取るのに丁度良い潅木があるのでここからロ−プを出す。 B沢側からも行けそうだが雪渓が途中で切れていそうだったのでA沢側から行くことにする。緩い雪壁に1ピッチ、傾斜が増してくる雪壁からヤブと岩のミックスに1ピッチでリッジに乗る。が、見た目にも(とくに精神的に)いやらしいブッシュクライミングとなりそう。ヤブの薄いところを狙ってB沢側のブッシュに1ピッチ、木登りを交えた凹状に1ピッチ、うんざりするほどのヤブからA沢側に移り、雪とハイマツのミックスに1ピッチでやっと開けた場所に出た。途中、雨がパラついたと思ったら大粒の雪に変わった。ここからは岩と雪のコンタクトの雪壁部分をいくが、傾斜も緩いのでロープを一旦しまい、一気に高度を稼ぐと上部の岩稜帯へ。ここで再びロープを出す。降雪もだんだんと本格化していき、シャワーのように舞ってくる。脆い岩稜帯に1ピッチ、リッジのA沢側の緩い雪壁に1ピッチ、凹状のB沢側の緩いフェースからA沢側へのトラバースで1ピッチ、A沢側の雪の斜面で1ピッチ、雪の斜面から緩い岩稜帯へ1ピッチ、ここからはやさしい岩稜帯なのでロ−プをしまう。しんしんと降り続く雪に五竜岳は再び雪化粧を始める。視界もほとんどなくなってきた。 「急がねば!」、と思ってもペ−スは上がらず。GIIノ頭へ抜け出たときには主稜線 の強風と相まって吹雪となり、視界も利かない。とにかく時間がかかりすぎた。3時間で予定していたが結局5時間半近くかかってしまった。不慣れとはいえ、登攀準備、ビレイ点での作業、ロープワークに時間がかかりすぎた。気が付くと目の前には 2羽の雷鳥がのほほんとしている。「こいつらこんな吹雪の中で何やってるんだ?」 と思ったが、「そうか、吹雪にも動じない心構えが必要なのか。」とも思った。状況が状況なので五竜岳のピークは捨て、帰幕にかかる。「主稜線にでたら右に進めば五竜山荘へつく。」と確信していた。念の為コンパスで確認すると正反対の針路を示した。「そんなはずはないだろう。遠見尾根やGI、G0も今まで右にあった。」コンパスが狂った、(狂っているのは自分たち)と勝手に解釈をして、自分たちの思い通りに進む。岩稜帯をぬうように雪壁を登るとそこには1本の標識が・・。そう、そこは 五竜岳の山頂だった。「なぜだ?なぜGIIから右に進むと五竜岳なんだ?」、と雷鳥 に化かされたような気がしたが、よくよく考えれば、コンパスがお間違いになるはずもないし、人の思い込みやカンなど当てにならないものだ。これからはコンパス様を絶対信じよう。とにかく初歩的であるが痛恨のミスを犯した。来た道を戻るがトレースはきれいにリセットされていた。ペースが上がらず、二人の距離はすぐに離れてしまう。視界もなく、トレースもすぐに埋まってしまうのであんまり離れるわけにも行かない。五竜山荘まではG0を巻くようにしてトラバース気味に下る。新雪でのトラバースとなり、緊張したが、稜上の岩稜帯を下るよりは安全だと思ったのでトラバースを選んだ。白岳からは唐松岳への稜線と遠見尾根が分岐しているが、遠見尾根側には雪面と空のラインがかろうじて見えるが、雪庇にしかみえなかった。(実際にはここに下降点があった。)この先どこかに遠見尾根への下降点があるはずだと思い、直進してるうちに唐松への稜線に入り込んでしまう。(このときは間違ったことに気づいていない。)そこで雷鳥4羽の集団と出会う。小ピ−クとのコルから目指す支尾根らしきものを確認。ここでスタカット1ピッチするがどうやら雪庇の上。場所を変え、スタカット1ピッチで支尾根に入るが、この支尾根はかなり明瞭そうで細く、急 峻。さらに2ピッチの雪壁を下るもどうも変だ。こんなバリエーションチックな場所が遠見尾根にあるのだろうか?確かに資料には雪壁とあるが?確証がないので登り返す。周辺を動き回るがルートは見つからず。(見つかるわけはない、現在点からして間違がっていたのだから。)「迷ったら現地点が把握できるところまで戻る。」というセオリ−に従って白岳の標識まで戻ることにする。「16時か・・・」日没まであと2時間。ぎりぎりのところだが、途中でル−トをミスり、わけわかんないところでビバ−クする羽目になるのなら、面倒でも五竜山荘まで引き返し、万全の態勢で夜を迎えたい。いま一番怖いのはビバ−ク適地を失うことだ。神保さんはかなり疲労していると見え、グロッキー状態でノックアウト寸前だ。五竜山荘付近でビバ−ク適地を探しているとちょっと離れた所に物置小屋があったので、もしかしたらと思って近づいてみる。ドアの部分が無く、部屋の中は多量の雪が吹き溜まっていた。スコップで雪をかきだし、半雪洞を掘る。周りを一段掘り下げ寒気が流れ込んでいくようにした。ザック、ロープなどをマット代わりにしてツエルトをかぶる。濡れたインナーなどは予備と交換して夜の寒気に備える。夜になると風雪も増していき、小屋の中にも吹き込んでくるかと思ったが、そのような心配は杞憂に終わり、比較的楽なビバ−クとなった。なにしろ、非常用に携行した小型チタンバーナーが効力を発揮した。小型コッフェルも携行したのでお湯も作れた。非常時にはやはり防水マッチがいいように 思う。自動着火装置もコンロ自体が濡れて使えず、ライタ−も使えず。レスキューシートというのも一度試してみたかったが湿度が高く、不快感がありそうなので止めた。僕が持っていったロッテのホカロンは暖かくなるまで時間がかかり、しかしあんまり暖かくならなかった。ただ、思いっきり振っていると、「振る」という動作で体が温まる。やはりツエルト一枚あるだけで全然ちがうと思う。こんな薄っぺらなものでも間違いなく生死を分けることを実感した。非常食はあまりおいしいものは持っていかないほうがいいと思った。コンデンスミルクはおいしすぎてすぐになくなる。ビバーク体勢としては腰からお尻にかけてのクッション性で疲労の溜まり方が違うと思った。基本的にずっと同じ体勢なので定期的に伸びをしたりしないと翌日後遺症が 残りそうだ。(チンネの時は首が上がらなくなったし、腰が伸びなくなった。)とにかく、不幸中の幸いは山荘の存在で突風・強風の直撃を避けることができ、物置小屋の存在により、完全にシャットアウトできたことだ。疲労した中での稜線ビバークという最悪の選択はしなくてすんだ。「これでCRUXと九十九には大きな迷惑をかけてしまうことになってしまった。本当に申し訳ないなあ。心配をかけてしまったなあ。」そんなことばかり考えながらうつらうつらとする。

22日(月) 曇り
昨日からの降雪で新雪が20cmほど積もり、五竜山荘から膝上〜下のラッセルを繰り返し、問題の白岳へ。昨日よりはずいぶん視界が利くので助かる。雪庇だと思っていたところも雪の斜面で問題なかった。再びガスに巻かれはじめる。ここより先の小ピークからの下りもわかりずらい。一度南東へと伸びる支尾根に誘い込まれ登り返す。正規のル−トは下り始めはまったく尾根の形状をなしておらず、非常にわかりずらい。ここは広く急な斜面で旧雪に多量の新雪が乗っている状態で足元から流されていきそうな感じがする。朝にもかかわらず、ガスの向こうからひっきりなしに雪崩の轟音が聞こえてくる。西遠見山手前に張っておいたテントは埋まりかけていた。すぐにテントを撤収し、下山にかかるがペースは極端に落ちる。大遠見山周辺で秋田さんから神保さんに携帯が入る。とりあえず、無事に下山中であることを伝える。菅原会長、大町警察署の巻石さんからも連絡を受ける。しかし、こちらからはかからないよ うである。途中、豊岡の携帯にはJCCの新井さんから連絡が入り、「もしかしておおごとになっているのでは?」と思ったが、山行のお誘いだった。しかし、「今はそれどころじゃないッス。下山したいッス。」その後も何度か支尾根に誘い込まれては登り返し、コンパス・地図とにらめっこしながら確実にスキ−場との距離を縮めていく。遠見尾根の下部の方は雪が降らなかったらしくトレースも残っていて、ルートファインディングが楽になった。小遠見山手前からはトレースをたどりガンガン下る。遠見尾根自体は技術的にはやさしく、転・滑落の危険性は少ないからといって、決してやさしいわけではない、と思った。ルートファインディングなど、また別の問題が生じてくる。本来、やさしい雪山なんてないのだろう。八方尾根に比べると入山者はかなり少なかったように思う。2〜3パーティーであったが、すべて引き返していった。スキー場にてCRUX、九十九へそれぞれが無事下山したことを連絡する。その後、タクシ−で八方の高速バスタ−ミナルへ向かい、八方温泉(400円、バスターミナルの目の前)につかる。白馬飯店で2日分の食事をしてバスに乗り込む。

<最後に・・・>
とにかく、二人とも無事に下山できてよかった。が、このような結果オ−ライ的な山行をつづけていけばいつかは大きな事故につながるということは明白であり、深く反省しなければならない。また、反省できる範囲で収まって本当に良かった。今回はビバークだけですみ、下山遅れだけですんだが重大事故につながる可能性も十分にあっ た。この教訓が次回に生かせなければ意味が無い。忘れてはいけない。今回もっとも反省すべきは危険認識のなさ(甘さではなく)による判断の誤り、だと思う。午後からは間違いなく荒れることがわかっていながら、あえて取り付いたことがそもそもの 間違いだった。登攀スピ−ドも遅いにもかかわらず、自分たちにはこなせる、午前中には下山に移れる、と実力を過信したことによると思う。CRUXと九十九には多大なご迷惑とご心配をおかけしました。申し訳ありませんでした。とくに菅原会長の迅速な対応には非常に感謝しております。どうもありがとうございました。

記録(神保)

4/20(土)
8:30 ゴンドラ出発
8:50 アルプス平山麓駅出発 湿った雪の上をひたすら歩いた。あまりの暑さに汗がふきだした。天気は良く八方尾根、白馬三山など遠くまで見渡すこと ができた。
10:20 小遠見山休憩
12:25 西遠見山T.S テント設営後懸垂下降、デッドマンの使い方などの雪訓を行なった。 しばらくガスっていたが急に視界がよくなり五竜岳がすがたをあらわしたのでその姿をしばらくボーっとながめていた。かっこよく、貫禄のある姿でした。明日登るGIIの岩稜を見て明日登るのかと思うとどきどきしてきた。
16:00 夕食 ラーメン三昧でした。
18:00 就寝

4/21(日)
3:00 起床。朝食をとったが天候がよくないのでしばらく様子をみる
5:00 出発 T.Sから沢に下りGIIの取り付きに向かう
6:12 GII 取り付き。雪はなくひたすら枝と格闘することになった。このときから小雨が降り出した。天候が悪くなることはわかっていたので急がなければと思っていてもビレイ、支点の回収などに時間がかかってしまいなかなか思うようにいかなかった。途中からは枝もなく岩稜帯を登った。
12:00 GII の頭。雪とガスで視界が悪い。五竜岳は登らずに帰る予定だったが帰ってると思っていた方向がなぜか五竜岳に到着してしまった。 また引き返して遠見尾根から帰る。がいつのまにか磁石は帰る方向と反対の方向を向いている。引き返しては違う尾根をさがしたが天候は悪くホワイ トアウトしていたためなかなかみつけることができなかった。そのうち自分の体力も限界にきたため五竜岳の非難小屋でビバークすることにした。
16:00 非難小屋は雪で埋もれていたが二人入れるだけの雪をかきだしてツェルトをかぶりひたすら夜が明けるのをまった。ロープを尻に敷き、リュックを背もたれにした。夜になるにつれて寒さが増す。ホカロンをこすることによりホカロンと自分もあたたかくなった!しかしロッテのホカロンは暖かくならないことが判った。行動食もあまりなかったのでおなかが ぐ〜ぐ〜ないている。下山後に何たべるかとかみんないまごろ心配してるだろーな〜など話た。暇になってきたのでマジカルバナナでもやろっかと提案したがすぐ却下となる。一時間おきに雪を溶かして飲むお湯がたまらなくおいしく温まった。山の話なんかもした。深夜になってから寒さも一段ときびしくなり2、3分寝ては起きるのをくりかえした。ずっと同じ体勢で座っているので腰と尻が痛い。伸ばしたいけどツェルトからでるのは寒いのでなかなかでれなかった。そうしている間に夜が明けた。

4/22(月)
5:00 ツェルトから顔をだして外を見ると視界が良い。急いで出発準備をする。外にでると昨日の雪がひざぐらいまであった。 またガスに覆われて視界が悪くなりなんどもコンパスと地図を見てルートを 探した。
7:30 テントに到着昨日の雪でテントは半分つぶれていた。テント撤収後出発
8:00 秋田さんから携帯に電話が入る。二人の無事を報告
11:50 無事下山

感想

今回の山行ではいろいろ考えさせられることが多かったです。 合宿まえの山行ということでハードなことは判っていましたが自分の体力、技術のなさを改めておもいしらされることとなりました。 4月ということもあり春山感覚で見ていたが時には冬山にもなるということがわかりました。帰り道も一般ルートなので大丈夫だっという安心感がなぜかあったが視界が悪い時のルートファインディングの難しさを知りました。下山できなくまた報告出来なかった為にいろいろな方に迷惑をかけてしまったことが申し訳ないです。分岐点でもう一度ルートを探すかこのまま五竜山荘でビバークするかの選択の時に僕は結構ばててたけどがんばればなんとかテントまでいけるかなと思いましたが豊岡さんはビバークにしましょう!と言いました。たしかに次の日に五竜山荘からテント場までの 距離をそのまま歩いていたら僕はたどり着けなかったかもしれません。豊岡さんはそういうとこまで冷静にみていたのだなーと思いすごい人だと思いました。今回の件で在京としていろんなところに連絡してくれた菅原さん、朝から電話しつづけてくれた秋田さん、またいろいろな人たちが動いててくれて感謝してます。山行も個人では行けない。みんなの助けがあって山にいけるのだと思いました。(ONE FOR ALL, ALL FOR ONE)ってね!