真教寺尾根

Date: 2003.2.15-16
Members: L.松浦、渡部、宮崎
Area: 八ヶ岳
Type: 会山行/雪一般

2/15
前日、夜行で小淵沢へ移動 当日、清里へ移動しタクシーにてたかね荘へ
07:10 たかね荘前出発
08:15 スキー場 第1リフト頂上部にて休憩(10分)
    トレスはあり、快適に登る
09:15 休憩(10分)
10:10 牛首山手前で休憩(10分) わかん装着
    トレスはなくなり、積雪120cmほど
10:30 牛首山
11:15 休憩(10分)
12:25 休憩 → テント設営 (2300m付近)

2/16
深夜からかなりの風、昨日のトレスを消す
04:00 起床
06:45 出発
0720 アイゼンを装着
08:05 休憩(10分)
10:00 2650m地点足場の悪い箇所でロープを出す
12:45 ロープを出した箇所を通過
    トレスは消え、再びラッセルとなる
13:15 撤退を決定、下山開始
15:15 テント場で休憩(15分) アイゼンからわかんへ
17:10 牛首山手前で休憩(10分)
17:25 牛首山通過 
18:30頃 ルートから外れる
19:00頃 ルートに戻る
    日は暮れるが月明かりがあり行動に支障はなかった
19:30 スキー場 第1リフト頂上部に到着
20:00 スキー場 センターハウス着

感想

通孝
結局、登頂できずに終わる
メンバー間で、登頂か、今回のように引き返すかで、意志疎通がうまくできずに下山が遅れた。
リーダーとして反省すべきことは多く、天候も悪いこと、ルートが暗いと把握しにくいと判断し、あまり意味のない逡巡により 2日目の出発が遅れたこと。
無雪期の記憶があまりにも曖昧で、登頂に自信が持てなかったことで、引き返す判断が遅れた。
積雪期を念頭に入れ、偵察していればメンバーに登頂の指示を出せたかもしれない。
昨年の日光白根での滑落の影響で、急斜面に対し極めて臆病になっていること。
ロープワークの実戦から遠ざかっているため渡部さんに信頼してもらう状況が作れなかった。
これらの状況と、メンバーへの適切な説明を怠ったためにリーダーの指示を快く受け入れてもらえるだけの状況が作れなかった。

今回は自分も含め、メンバーの技量やこれから先の登頂にいたる時間を考慮しての撤退という判断に至った。
これがもっと厳しい状況だったら、天候や、日没といった事ではなくメンバー間の信頼関係の欠如により
いつ遭難してもおかしくない状況であった。

渡部
下山が遅くなった事で、連絡を取っていた吉沢P、在京の板倉さんにはご心配おかけして申し訳ありませんでした。
1日目、私の体調不良もあり早々に行動を切り上げて2300付近で幕営。私の中では冬合宿で登頂出来なかった悔しい思いがあり、どうしても登頂したいと思った。
2日目、5:30にテントの撤収を出来るところを明るくなって様子を見てからという通孝さんの判断で6:00までテントの中で待つ。
テントから出ると、私にはさほど悪天と感じられなかった。
雪山ならこれぐらいの風と雪は普通だと思ったし、2年前に秋田くんと行った7月の方が強風で寒く視界がなかったからだと思う。
ラッセルで時間がかかり、ロープをFIXするのに時間がかかり、通孝さんが下山を言い出したときには真教示尾根の最後の核心まできて分岐も見えたと思ったので、長くアップダウンのある真教寺尾根を下山するなら赤岳をカットして、わかりやすい文三郎尾根を下り行者小屋まで抜けたいと思い、通孝さんに言い続けていた。
結果的にはその時間分下山が遅くなり、暗い中残っているともいえないトレース頼みの下山をし、道を間違え登り返したりして20:00頃の下山になった。だから下山が遅くなった主因は私にあると思う。
果たしてあれは悪天だったのか。私には今もってわからない。
雪は相変わらず降っていたが視界は100mくらいあったし、風も強風で休憩も出来ないというほどではなかった。特に午後は天気が回復傾向にあったと思う。
ただ、稜線ではあれ以上に風が吹いていただろうと聞き、確かに私の文三郎尾根に出てしまえばという判断は甘かったと思う。
冬山の経験もさほどないのに自分の判断に固執してしまい通孝さんと宮崎さんには申し訳なかったと思う。
今回を通して思ったのはもっとパーティ内で話し合っておかなければいけなかったのでないかという事だ。前日にこの日の悪天は予想されていた。どういう可能性があるか、どういう判断になるか、何時の時点で下山を判断するか、パーティ内で明確にしておく必要があったと思う。
最近OBから寄せ集めPの難しさを聞いた。会の山行で会員で行くのだから寄せ集めでもなければガイド山行でもない。全員で話し合って意志を確認しておく必要があると思う。固い事を言うなと言われると思うが、そうやっていかないと経験の蓄積になっていかない。

宮崎
1日目
樹林帯の中の移動で、トレースも途中から消えていた。
ザックの重さもあり、早々にへばってしまった。
その日のうちに真教寺尾根を抜けて行者小屋まで行くようなはなしもあったが、あのまま進んで果たして越えられていたか、いま考えても自信がない。
テン場に良い場所もあり、早々にテントを設営した。

2日目
朝から天候は、いい状態ではなかった。
予想に反して、森林限界まで来ても、雪は依然としてよく潜った。
正直、うんざりする雪だった。
竜頭峰の手前と思われる足場の悪い場所で、ロープを張ることになり、渡部さんが取り付き、通孝さんがビレイをしていたが、上と下で声が届かないためか、お互いの状況が確認できないまま、時間が過ぎていたように思った。
1時間くらいが経過した時点で、通孝さんから、下山する旨を渡部さんに伝えるように言われ、空身で登って、ようやく渡部さんに内容を伝えたが、上からは竜頭峰が見えるので進むべきだとのことだった。
しばらくやり取りがあり、結局、ロープを出した上部まで行くことになり、登っては見たものの、最終的には、通孝さんの意見で下山することになった。
正直に言って、その判断には意外な感じもしたが、仮にあの時見ていたのが竜頭峰だとしても、その先の状況について記憶は定かではなかったし、いまの、冬の状況を想像することは難しかった。
最終的には、どちらの判断が正しいのかわからないまま、なにも言わずに黙っていた。
自分には、先の状況を予想できる判断材料があまりにも少なかったし、そこのところをあまり考えずに参加した自分の甘さを痛感した。
それに加え、体力的にも厳しかったし、岩登りの経験も皆無に等しかったのだ。
下山中も、これではいつまで経っても「連れて行ってもらう」、ツアーの登山と変わらないように思えて、情けなかった。
下山中のルートから外れた件にしても、なにかヘンな感じはしていた(あきらかに目指しているスキー場の明かりとは違う方向に向かっていた)のにそのことを指摘せずにただ黙って後をついていた自分の態度も同様のものだと反省している。
個人的には、いろいろな意味で経験と、それを補う知識の不足が露呈した山行でした。