神ノ川 伊勢沢
Date: 2003.5.10
Members: L.安藤、田名部、遠藤、佐藤(OB)
Area: 丹沢
Type: 個人/沢
未婚・新婚・既婚・脱婚の4人で構成された「男性だけで新婚を語る会(略称:ダンコンを語る会)」が、裏丹沢の神ノ川流域で開かれた。無論、故郷弘前での挙式からわずか6日目という新婚君が主役には違いないが、他にも今年成人したばかりの未婚坊にとって初めての沢登りだったり、5月が啓蟄の如く久々に山への息を吹き返す既婚氏をゲストに迎えるとあっては、かなり濃厚な山行になること請け合いだった。
前夜、JR相模湖駅に集合した時点で、通勤客とともに列車から降りてくる新婚君は早くも赤ら顔に酔眼。既婚氏に至っては酒瓶をぶらさげて改札を出て来るありさま。高尾からわずか一駅のそんな"小さな旅"を終えた二人が乗り込むと、車内は一気に酒臭くなる。まぁ、これもこの山行を企画したリーダーの思惑通りで、なかなか幸先の良いスタートではある。
生捨号で神ノ川ヒュッテまで入り(現在車両はここで通行止)天幕の人となる。いつもの分厚い歌集を持参したゲストのペースで終始ダンコンを語り合う。その内容たるや、最近沢ではとんと見掛けなくなったA君がこの場にいれば、きっとお決まりの「イヤラシイ!」を連発したであろう。東北の片田舎から新婚君を追いかけてきた新妻のいじらしさに深い感銘を受けたリーダーは、健全に"木綿のハンカチーフ"を唄うのだった。
翌朝。五月晴れの爽やかな空気の中を、伊勢沢(古い地図では「絵瀬沢」とも表記されている)目指して出発。
しかし不安と期待に葛藤する未婚坊の超新鮮な高揚感とは裏腹に、新婚君と既婚氏は意気阻喪な表情でいかにも足取りが重そうだ。2人とも沢は嫌いじゃないはず。ということはやっぱり"アレ"が原因だろうか・・・。何を隠そうこの伊勢沢には、それぞれがそれぞれの立場でホンモノの「夫に!」「成人に!」「一家の大黒柱に!」「山ヤに!」なるための、避けては通れない登竜門たる大滝が待っているのだ・・・。
林道から神ノ川本流に降り立ち、足まわりを履き替えて水量豊富な伊勢沢に入渓する。F1(2段9m)を前にして未婚坊が感激の雄叫びをあげる。これを左から難なく越えたところで、リーダーが見事に滑って膝を強打。一瞬息が詰まって気を失いそうになる。F2(14m)は右岸ルンゼの虎ロープを利用して小さく高巻く(左壁直登も可)。何やら新婚君は次第に顔が青ざめ無口になって行く。ようやくF3(2段13m)が現れると、その奥にはかの大滝が下半部だけ白い瀑布を脚線美の如くチラつかせて誘惑している。はやる気持ちを押さえつつ、F3の上段を壊れた鎖に導かれて右から慎重に越える。するとどうだろう。たどりついた若草色が限りなく眩しい奥座敷には、F3下からでは望見できなかった50mもの大滝の全貌があらわになり、一条の鋭い水柱が見事な直瀑となって大気を震わせているではないか。でかい。圧巻・・・。その水竜巻を追って空を見上げれば、後光の役を買って出た日輪がちょうど落ち口の際に揚々と鎮座して、あたかも白金色の水しぶきが止めどなく天から我々めがけて降り注いでいるようだった。
この滝は男性的と言うよりも、むしろゴージャスな貴婦人か。モチコシ大滝や雨棚の比ではない。その美しさに一同から何とも言えぬため息が漏れる。こいつを陥としたら、さぞや快感だろうなぁ・・・。しかしそこは未婚坊を除く今回のメンバーが、皆な揃って保守的なA型男性のこと。谷風や清流と同化することは望んでも、力任せに滝を征服しようなどとは微塵も思わない優しすぎる面々だ。次の瞬間「こんな上玉に手を出すと、きっとヤケドをする」と弱気になるのもまた通例。引きつった笑顔で既婚氏「いきなりこんなの、登れないッスよぉ」。新婚君も声を裏返して「無理です。辞めましょう(W子!助けてぇ.....)」などと矢継ぎ早に回避宣言が出る始末。そこで仕方なくここはみんなを誘った手前、リーダーが一番槍となって50mロープの先端を引くことに相成った。オーダーは「リーダー〜既婚氏〜新婚君〜未婚坊」の順。濡れないのを幸いに、コールには無線機を使用する。
高価な書籍では「ビレイ点もなく50m×1ピッチ」らしいが、中間部には立派なテラスがあるのだよ(どこを見ておるガイド氏!)。普段は二条に別れた左の滝身が、今日はかなり細くなっているので水量は少ない模様。どだいはジム嫌いのリーダー。特別登攀力に長けているわけでもなく、ただ揺れるガチャの重さに身を任せてヨロヨロと、その美しき姿態に吸い寄せられていく。まずは水流左の乾いた逆層フェースの弱点を拾って登る。残置ハーケンは所々にあるもののルートは判然としない。おのずと2〜3手先まで読めない限りは前進する気にもなれない。それでもようやく狭いバンドを伝って直上し、中間テラスでピッチを切る。テラスはボルトを含めてピンが3本残置されており、ゆうに3人は立てる広さだ。続いて既婚氏が30mロープを引いて登り、テラスでフィックス。新婚君がそのフィックスを辿る間に、リーダーは既婚氏のビレイで次のピッチの登攀に移る。2ピッチ目は更に傾斜がきつくなる。黒いフェースを直上して顕著な白いカンテ下のレッジに立つ。ここでカンテ左の乾いたジェードルか、右のヌメった比較的優しい階段状かで迷う。トラバースしなければ先が見えないので少し躊躇するも、意を決して狭いバンドを右へ水流に寄り、ヌルヌルしたあたりで弱腰にハーケンを1本打ち足す。濡れた階段状をカンテを回り込むように慎重に直上すると、小さなコップ型の乾いた凹状に導かれてカンテ上に出る。最後は優しいフェースを5m程で落ち口に抜ける。取り付きからここまでザイルスケールで30m×2ピッチ。ピッチグレードも各4級マイナス程度だろうか。トップとラストの距離が開くぶん無線機の効果は絶大で、総じて岩も硬く静かで快適なクライミングだった。マルチピッチに慣れない後続も、まるで懐かしい者にでも出くわしたかのように、皆な一様にニコニコしながら滝上に躍り出て再会。遙か昔の陰鬱な表情はどこへやら。そこは登ったもん勝ちの素直な心境だろう。どの目も課題を越えた安堵感と興奮で輝いていた(大滝上では特に饒舌になり、執拗にダンコンを語る)。
その後しばらく続く単調な渓相は、かえって大滝登攀の達成感を各自が噛みしめる良い時間帯だったと言えよう。両岸から流入する枝沢の美瀑群に目をやる余裕さえ出てきた。F5(2段10m)を越え、同水量の二俣を左に進む。そろそろ地形図とにらめっこして、詰めの選択に次の楽しみを移す段となる。さて今回は稜線のどこへ出てやろうか。
既婚氏の提案で、奥の二俣を右沢(本流とおぼしき左沢は水涸れ)に入る。最後まで小滝が連続し、姫次手前のたおやかな丹沢主脈の笹原へとヤブこぎも無く導かれた。のどかな姫次にて発泡酒で祝杯をあげる。なぜかいつもより数倍キレもコクも感じられた。カラマツの疎林越しに振り仰ぐ、蛭ガ岳〜檜洞丸の波打つ丹沢主稜(主脈とは別)。そしてその狭間、神ノ川乗越あたりの後方にポッカリ顔を出した同角ノ頭が、意外に大きな隆起の秀峰となって蒼く脳裏に焼き付いた。近くに目をやれば、このあたりの林相は独特の解放感と静けさがあり、彩度の極めて高い季節と相まって丹沢の奥深さを垣間見たようだった。
最後は薫風に吹かれながらすっかり陽の長くなった風巻尾根を、一路神ノ川目指して誰一人駆けることもせず、名残りを惜しむように普段よりもゆっくりゆっくりと下った(これも予定通り膝痛に陥ったリーダーは助かった)。
新婚君は翌週も大菩薩あたりのハイキングにお呼ばれされているとの旨。またぞろ既婚氏も顔を出すと聞き及び、きっとそこでは「今日も新婚を語る会(略称:キョコンを語る会)」が性懲りもなく開かれることだろう。沢デビューの門出を迎えた未婚坊の無限の可能性に期待するとともに新婚君にも幸永遠なれ。【安藤記】
神ノ川ヒュッテ8:10---伊勢沢出合8:55---大滝下10:35〜11:00---大滝上12:40---奥の二俣13:50〜14:05---姫次15:10〜35---神ノ川ヒュッテ17:40
感想
- 遠藤
- 今回は、安藤さんの誘いで生まれて初めて沢に行くことになった。
前夜のテントでは、佐藤さんの個装の歌本で田名部さんに祝いの歌を捧げた。
行動中でのメインはなんといっても50mもの大滝です。ザイルを使い滝を登ると言うよりは、岩を登る感じだった。恐怖感はあまりなく割とすんなりと登れた。
安藤さんには地図やルート図での解説をしてもらい、佐藤さんには沢の楽しさを、田名部さんには披露宴の達成感を教えてもらい、これからの人生でのおおきなプラスになりました。みなさんどうもありがとうございます。
- 田名部
- 去年も沢は一回しか行ってなかったし、感覚が鈍っているような気がする。そんな状態でも結構楽しめた沢であった。
滝も少なく単調な沢だが、大滝の存在がこのルートを五つ星ルートに引き上げている。
とても巨大で怖かったけど。リードをやっている安藤さんは格好良く、登り終えたあとの爽快感のある表情が眩しかった。今後「来年は大滝をタナベッチがリードね!」とか言われそうだが無理、無理。絶対、拒否しよう。
大滝のあとのツメも結構、快適。気分良く稜線に出られてフィナーレをむかえることができた。
やさしすぎず、疲れすぎずバランスのとれた沢だった。
- 安藤
- ヒデキ当時23歳、イタケン同22歳、スケちゃん同25歳、ターアキ同24歳.....僕と一緒に山で快感を分かち合って来た九十九の若者達。彼らのことごとくが既に過去かそれに近い人となってしまった。そこで次なるパートナーを物色していたところへ、今回"トモくん"こと遠藤に出逢ってしまった。
闘い済んでの林道歩き。「沢登りは"人生ゲーム"だと思わないか?」と、隣を歩く179cmのトモくんを見上げて問うたが、若干20歳の身の上には愚問だったようだ。
しかし前回この大滝をリードしたときは、僕だって今の彼と同じ年齢だったんだゼ(つまりトモくんが生まれた頃さ)。あのときと比べて伊勢の大滝は数段美しく妖艶な雰囲気を醸し出し、そして遙かに恐ろしく威圧的にも感じられた。それだけ気付かぬうちにも人並みに人生経験を積み、年齢も重ねてきたのだと思うことにした。そうやって今の自分を肯定できるのが、きっと何よりもマルなんだろうなぁ。
- 佐藤(OB)
- 反省は、セルフビレイをメインで確保することを忘れていたことだ。基本中の基本だなあ。その他にといえば、共同装備関係を全く持たなかったこと。メンバーの一員として、ビールの1本でも隠し持って、登攀すべきだったと思っている。ビギナーで、酒も飲まない遠藤君が2本も持っていたのだから・・・。それと、二日酔いで入渓するなどという、なめた態度。何度、反省繰り返せば済むのだろうか。
続いて感想。
まず第一は、伊勢沢大瀧の美しさ。素直で、清楚で、凛として、堂々とした存在感。
「こんな瀧、登れないよ。」とは思ったが、脱婚安藤が20年前の記憶をたどりながら上り始めた。最初の10mはランニングビレイも取れない。よくも登れるもんだ。その後も慎重に、かつ着実に登っていく。僕たちはその後で引っ張り挙げてもらうだけ。
それでも、登った達成感は他に比べようがない。
第二は、フィニッシュの心地よさ。沢は、詰めが厳しいと核心部の思い出が、遠のいていく感じがする。しかし、今回は詰めで枝沢に逃げたため、最後まで美しい水流と戯れることができ、ヤブこぎゼロで遡行を終了できた。これは素晴らしいことだ。伊勢沢の欠点は、瀧の数が少なく、その間隔が長いことであるが、大滝と詰めの心地良さはその欠点を補っている。
第三は、沢への思いや九十九への思いが、全然薄れていないことである。思いを遂げられないと人間は欲求不満になり、良からぬ事をするものである。自分がとても心配となった沢登りである。
九十九の皆さん、佐藤を呼べそうな山行があれば、是非ともお声をおかけください。
安藤さん、お誘いありがとうございました。