モンブラン
Date: 2003.7/30-8/17 (アタック日8/5-7)
Members: L.渡部、板倉、他1名(別称ハハ)
Area: 欧州
Type: 個人/海外
7/30 (水)
成田−(飛行機)−パリ
20:30に成田空港で集合。ハハの友人で語学堪能なSさんを加え4人で出発。
7/31(木)
パリ-(飛行機)−ジュネーブ-(バス)−シャモニ【YH泊】
シャモニで早速、天気の確認(山の家)と山小屋の予約をする。翌日から3日間は確実に
晴れると言われ、高度順応無しでのアタックに心が動いたが、晴天を信じて計画通り8/5-7で小屋の予約をする。ベットがもらえない可能性が高いと言われ
た。
ユースホステル(YH)のあるペルランにバスで移動。意外に奇麗でモンブランが良く見える。渡部とハハは2人部屋で板倉さんは4人の相部屋。夕食は食堂で
皆で取るが、テーブルに大皿で来るので他の人達とコミュニケーションを半強制的にとらされる。英会話すら出来ない板倉・渡部はYH滞在中ずっとこの夕食が
プレッシャーとなる。(渡部)
8/1 (金)
プラン・ド・レギュイーユにハイキング後エギュ・ドゥ・ミディまでロープウェイで行き
高度順応トレ【YH泊】
8:50 ユース出発(道を間違える)
9:20 ユース
9:40 徒床(綺麗な橋)
10:00 1400m地点休憩
10:15 出発
11:20 1900m地点休憩
11:30 出発
12:15 プラン・ド・レギュイーユ小屋休憩
12:40 出発
13:10 プラン・ド・レギュイーユ、ロープウェイ駅(2310m)
体慣らしの軽めのハイキングという事でエギュ・ドゥ・ミディ(3842m)に行くロー
プウェイの途中駅プラン・ド・レギュイーユまでハイキングする。道はしっかりついており横にボソン氷河を見ながら高度をあげる。プラン・ド・レギュイーユ
はボルダリングに適した大岩がゴロゴロしており、クライミングシューズを持っていかなかった事を悔やんだが一応試みる。その後エギュ・ドゥ・ミディまで
ロープウェイで一気にあがる。展望台からモンブランが良く見えるのでルートの確認などする。この付近にテントを張りモンブランを目指す人が意外に多かっ
た。渡部が帰りのロープウェイで突然具合が悪くなったが、途中駅でだいぶ落ち着いた。念の為、渡部のみ翌日はレスト日にする。(渡部)
8/2 (土)
板倉・会外者:テット・ルース小屋まで高度順応と偵察を兼ねてハイキング
渡部:レスト日(ガイヤンの岩場の偵察) 【YH泊】
10:00 ユース出発(ガイアンの岩場見学)
10:50 ペルラン駅発(電車)
11:00 レ・ズーシュ駅着
11:20 ロープウェイ駅着
11:35 ロープウェイ乗車
11:40 ラ・シャレット着
12:35 ラ・シャレット発(登山電車)
12:45 ニ・デーグル着
13:45 2800m地点休憩
14:00 出発
15:05 テット・ルース小屋着(3167m)
15:20 下山開始
16:30 ニ・デーグル着
17:50 ニ・デーグル発(登山電車)
18:05 ラ・シャレット着
18:10 ロープウェイ発
18:15 レ・ズーシュ着
18:50 レ・ズーシュ発(バス)
19:15 ペルラン着
19:30 ユース着
高度順応とコースの下見を兼ねてテット・ルース小屋へ。電車に乗るまで時間があったの
で、ガイアンの岩場を見学に行った。広い岩場でとても気持ちよさそうな岩場だった。レ・ズーシュへ今回電車で行ったが駅からロープウェイの駅まで遠かっ
た、本番はバスがよいと思った。ニ・デーグルに付いたが登山道には岩ばかりで雪は全くなかった。途中ででヤギ君にあったが人を怖がらず近寄っても全然逃げ
なかった。テット・ルース小屋に着いて、目の前にグラン・クロワールが見えた。ときより砂煙が上がって岩が落ちてくるのが見えた。事前に見れて良かったと
思った。あんな所は通りたくないと思った。(板倉)
8/3 (日)
レスト日(板倉・渡部はガイヤンの岩場でフリークライミング)【YH泊】
ガイヤンの岩場はYHから歩いていける。道路の横の広場の奥に突然岩場があるのでアプローチは無いも同然。ただ昼間は直射日光で岩がものすごく熱い。簡単
なルートが多いので子供や近所の人の遊び場的な雰囲気がありフリークライマー然とした人はあまりいなかった。板倉さんは体の調子が悪いので申し訳ないけれ
ど渡部が一人で登らせてもらう。簡単とはいえロングルートが多く、50mロープでロアーダウンできるところが少なくて、ダブルロープで登って懸垂したり途
中で強引にピッチを切って架け替えしたりした。ついでにマルチピッチの練習もした。グレードが良くわからないので渡部はその後フランス語のトポを購入。こ
の日YHに帰ると板倉さんの荷物が部屋から奇麗になくなっていた。Sさんに受付で事情を聞いてもらうと1日間違って予約していたらしい。受付の優しいお姉
さんもこの時ばかりは少々キレ気味だった。改めて宿泊手続きをして事なきを得た。(渡部)
8/4 (月)
AM:ガイヤンの岩場で自己脱出の練習
PM:装備の最終チェック後、シャモニで足りないものの買い足し。【YH泊】
Sさんがパリに移動。ペルランの駅でみんなで見送る。お世話になりました。地元で情報を集めると今年はクレバスがきっちり開いているらしいので、ガイアン
の岩場で宙吊状態からの自己脱出訓練を行う。その後、アタックの為の装備を確認して足りないものをシャモニに買出しにいく。山の家で天気を確認するとこれ
まで通り夕方に雲と雷があるものの、それ以外は良い天気が続くとのことで一安心。この日も夕方一時的に雨が降った。スネルスポーツで山岳保険に入る。板倉
さん1週間38ユーロ。渡部1シーズン45ユーロ。神田さんからは氷河の上は必ずロープをつけて行くようにアドバイスをいただく。日本人の登山届がスネル
スポーツにあると聞いていたのがノートに行程を簡単に記入するだけだった。このノートは日本人の掲示板代わりにもなっているようだ。(渡部)
8/5 (火)
ペルラン-(バス)-レ・ズーシュ−(ロープウェイ)-ラ・シャレット-(登山電車)
-ニ・デーグル〜テット・ルース小屋 【小屋泊】
8:10 ユース発
8:25 ペルラン発(バス)
8:40 レ・ズーシュ、ロープウェイ発
8:50 ラ・シャレット発(登山電車)
9:05 ニ・デーグル着
9:15 ニ・デーグル発
10:20 2800m休憩
10:35 出発
11:25 2950m休憩
11:40 出発
12:20 テット・ルース小屋着(3167m)
アタック初日。先日の偵察の結果、小屋の前に雪渓がある以外雪がないということなので
夏山装備で行く。渡部は前日のサングラス無しの行動がたたり目がおかしくなってコンタクトが入れられなかったが、ニ・デーグルはすでに森林限界の上で裸眼
で歩いても問題のない道が続いた。小屋に着くと運良くベットがもらえたが18:00まで小屋に入れなかったので外で昼寝をして待つ。今年は全く雪が無い為
落石が多いとは聞いていたがグラン・クロワールでは本当に頻繁に落石が起きていた。赤い救助ヘリも飛んでいて、人がピックアップされていた。夕食では隣の
テーブルのガイド山行の日本人の団体の一員に間違えれてなかなか食事が配られなかった。偶然かもしれないがガイドがついている方が夕食を早く配膳されるよ
うな気がする。夕食後早々に就寝したのはいいが部屋は暑くて仕方ない。ベットが貰えなくても暑くてショラフはいらないという現地情報は本当だった。(渡
部)
8/6 (水)
テット・ルース小屋 〜グラン・クロワール〜グーテ小屋 【小屋泊】
8:20 テット・ルース発
8:50 グラン・クロワール通過
11:20 グーテ小屋着(3782m)
アタック2日目。テット・ルース小屋の朝食は1時と7時があるが、この日の行程も2,
3時間なので7時にする。だが7時にテーブルにつくが30分くらい待たされた。さすがフランス。出発の準備をしていると、ガイド山行の日本人の団体がガイ
ドとマンツーマンで3m程度のロープでつながれ出ていった。岩陵帯グラン・クロワールの落石の巣にあるトラバースは2本の道がある。走りやすいのは上の道
だが、行きは下の道を使う人が多く我々も下の道を走り抜ける。3人とも運良く落石がなくて良かった。トラバースが終わってからも安全地帯まで落石を気にし
ながら登っていく。尾根上でだいぶ危険度は低くなったと思っていた時、大きな落石が起きる。その落石はイレギュラーバウンドして我々の横を過ぎていった。
油断は出来ない。上部はワイヤー(日本の場合の鎖)が続くが、前の人に落石されそうで恐かった。小屋につくとテット・ルース小屋とはうって変わってシステ
ム化されていた。何事もスムーズに進み時間にもルーズでない。ただひとつトイレ以外はとても快適な小屋だった。この小屋の裏から突然雪山が広がっていた。
早く着いたおかげかまたベットがもらえた。板倉さんとハハが雪の上を歩きたいと出ていく。渡部はアイゼンをはくのが面倒なので昼寝。
午後2時頃から雲が出始めてきた。戻らない2人が心配になって見に行くとしばらくして板倉さんが戻ってきた。ハハとは全然会えなかったという事なので心配
して待つとだいぶたってから無事戻ってきた。トレースがしっかりついているので歩けてしまうらしいが・・。そのうちグーテ小屋を雲が覆い遠くで雷も発生し
たが夕方から夜にかけて晴れていった。ここまで山の家の天気予報通り。夜に雪の状態を確かめにいくとアイゼンの効きそうな雪だったので少し安心するが、月
明かりは思ったより明るくなかった。(渡部)
8/7 (木)
グーテ小屋〜ドーム・デュ・グーテ〜ヴァロ避難小屋〜モンブラン〜グーテ小屋〜レ・
ズーシュ〜ペルラン【YH泊】
1:35 グーテ小屋発
1:40 小屋の上の稜線(ロープを付ける)
1:50 発
2:55 4100m休憩
3:05 発
4:05 ドーム・デュ・グーテ通過
4:30 4250m休憩
4:40 発
5:05 ヴァロ避難小屋通過
6:00 クレパス通過
7:05 4600m休憩
7:15 発
7:45 山頂着(4810m)
8:00 山頂発
10:40 グーテ小屋着
12:00 グーテ小屋発
13:40 グラン・クロワール通過
14:00 テット・ルース付近通過
15:30 ニ・デーグル着
15:50 ニ・デーグル発(登山電車)
16:05 ラ・シャレット着
16:20 ラ・シャレット発
16:25 レ・ズーシュ着
17:40 レ・ズーシュ発(バス)
18:05 ペルラン着
18:20 ユース着
アタック3日目。寝ていると23:45頃から周りが起き出して準備を始める。朝食は2
時のはずなのにずいぶんせっかちだと思ったがあまりに起きる人が多いので確認してみると朝食は24時だった。ハハの話だとフランス語の24時と2時の発音
は同じだそうだ。ヒアリングに自信のあるハハは時間を書いてもらわなかったらしくとんだ笑い話になった。でもどちらにしても早く出発する気はなかったし、
逆にすいた食堂であまり待たないで朝食がとれたのでよかった。
小屋の上の稜線で渡部−ハハ−板倉順にコンテをして出発。ヘッドランプの明かり頼りに息が切れない程度にゆっくりと歩く。先行する人達のヘッドランプの明
かりが連なっていて奇麗だった。出発時は意外に暖かかったが朝方にかけて風も出てきた事もあり急に寒くなってきた。たおやかなドーム・デュ・グーテを過ぎ
ヴァロ避難小屋を過ぎ急登を登った頃にはだいぶ明るくなった。が、そこには幅80cmほどのクレバスが走っている。深さは底が見えないのでよくわからな
い。ただ恐ろしく深そうだ。巻く道もなさそうなのでモンブランの登頂に執着のない渡部は引き返す事も考えたが、板倉さんが行くというのでコンテを梳いてビ
レイをして板倉さんにクレパスを越えてもらう。続いて2人もビレイしてもらいクレパスを越えた。ガイドはダブルアックスで抜けてクライアントを引っ張り上
げていた。バイルを持っていけばよかったが後の祭り。その後急登を越えて山頂に到着する。山頂には何もなかった。
3人それぞれに軽い高度障害が出ていたので、少し居ただけですぐ下山開始。高度障害なら高度を下げる際には関係ないだろうと思い、登りよりは早いスピード
で下山するとハハが気分が悪くなって休憩する。その後は登り同様ゆっくりと下山した。問題のクレパスも下りは飛越せるので問題無し。
グーテ小屋で冬装備から夏装備になる。この後に最後の核心、グラン・クロワールがあるので気が抜けない。
グラン・クロワールはこの日が一番悪かったようだ。昨日までは「たまに落石がある」この日は「落石の合間を狙って」に変わっている。
そんな状況なのに恐ろしく下りの遅い外人達が道を譲らないので横から抜いていく。後ろからプレッシャーをかけたらやっと道を譲ってくれた。トラバースは今
回は上の道を走る。また今回も運良く3人とも落石がなかった。ここは運でしかないと思う。後で知った事だがこの日の朝も落石で死者があったそうだ。そして
翌日か翌々日かわからないがグラン・クロワールの通過が困難という事で、グーテ小屋からヘリで登山者を降ろしたらしい。その後はガイドも行きたがらなかっ
たらしい。
テット・ルースまでついてやっと普通の夏道になる。ニ・デーグルからの登山電車は増発があったので早めに下山できた。この日の夜は登頂記念に3人でフラン
スワインで乾杯する。(渡部)
8/8 (金)
レスト日【YH泊】
シャモニでお世話になった観光案内所のベルナデットさん、スネルスポーツの神田さんに挨拶廻り。登頂記念という事で、昼間から中華料理店でワインをあけて
乾杯する。YHに帰り夕食後、板倉さんが最後の夜で早く寝たそうだったが夜遅くまで宴会は続く。(渡部)
8/9 (土)
板倉帰国:シャモニ-(バス)-ジュネーブ-(飛行機)-パリ-(飛行機)-成田
渡部・会外者:翌日からのホテル探し【YH泊】
板倉さんの乗ったジュネーブ行きのバスを見送ってから、翌日からYHの部屋をとれなくなった渡部達はシャモニでホテル探しに明け暮れる。シャモニはガイド
祭を控えて観光客が増えていて、ホテルもなかなか見つからない。それでも探し歩いた結果、希望に近い金額で☆☆のホテルを見つける。
YHの食事の合わない渡部の為に、この日はスーパーで食材を揃えてYHの庭でガスで料理をして食べる。フランスの食材は美味しい。もちろんワインも美味し
い。さすが美食の国。(渡部)
8/10 (日)
板倉成田着18:00
渡部・会外者:YHからシャモニのホテルに移動【ホテル泊】
8/11(月)-13(水)
シャモニで観光三昧【ホテル泊】
スイスに移動してハイキングをするなどいろいろ案はあったものの、実際モンブランに登ってしまうとやる気も起きない。モンブランでハハの足の両親指の爪が
死んだ事もあり、だらだらシャモニで観光して過ごす。メール・ド・グラスを観光したり、クライミングジムに行ったり、パラセーリングをしたりして過ごし
た。レ・ズーシュにあるクライミングジムは晴れた日は18:00からの営業で料金は11.8ユーロ。
ホールドの間隔が広くて日本人の中でも小さい渡部は難儀した。全部ランジしろというのか。
パリに移動する前に20kgを超す荷物をいくらお金がかかっても日本に宅急便で送るつもりだったが、シャモニの母の「送るんだったら捨てて行きなさい」の
一言で持ち帰る事になる。確かに調べた結果200ユーロ以上はかかるようだ。(渡部)
8/14(木)-16(土)
パリに移動して観光三昧【ホテル泊】
恐れていた通り、ピッケルとメットを外付けにした25kgはあるザックを背負い、冬靴を履いた山ヤの格好で気温40℃のパリに入る。ひたすら観光三昧。
16日にシャルル・ド・ゴール空港より夜便に乗る。手荷物検査で冬靴がひっかり、靴下でゲートをくぐらされた。(渡部)
8/17(日)
渡部成田着18:00
感想
板倉
今年の悪い状況の中モンブランに登れた事は本当にラッキーな事でした。いままでモンブ
ランに登りに行く事など考えた事もなかったです。今年の初めに行かないかという話があったが、本当に行けるとは思っていなかったです。しかし日程が近づく
につれて本当に行くんだと思いました。ただ、いろいろな手配を自分では何もせずハハにお願いしてしまいとても助かりました。フランス語の話せるハハがいな
ければ行けなかったと思います。又体調が悪く2人にはとても迷惑をお掛けしました。また2人のおかげでとても楽しかったでありがとうございました。あと、
シャモニーはとてもよいところでした、ぜひまた行きたいと思います。日本で在京をしてくれたL会のみなさんもありがとうございました。
渡部
シャモニに入ってからモンブランに登頂する事にだんだん興味がなくなり、そのモチベー
ションを保つのに苦労した。この数ヶ月はこの準備に費やしたはずなのに、土壇場でこんな事になるとは思わなかった。興味がなかったのでクレパスをトップで
抜ける気になれず、体調不良の板倉さんに抜けてもらった事は本当に申し訳ないと思っている。それでも海外の山に挑戦するという事は良い経験になった。まっ
たく何をしていいかも良く分からない状況だったが、出発直前までひとつづつ片づけて自分達の力で登頂まで出来てよかったと思う。それから会外者であるハハ
とは出会ってまだ1年程度、板倉さんとハハにいたっては半年程度と良く考えると非常に付き合いの浅いメンバーだったが、毎週のようにジムに行ったり、頻繁
にメールでやりとりしたりしたおかげでコミュニケーション不足に陥る事もなく楽しく旅をする事が出来た。ハハのフランス語とメールのレスの速さとマメさに
感謝したい。またこんなわがまま女2人組につきあってくれた板倉さんにも感謝したい。やっと手が切れると思ったのか、板倉さんの帰国の日のこの旅一番の嬉
しそうな笑顔は忘れらない。モンブランに登るのはもう結構だがシャモニにはまたぜひ行きたい。というより、シャモニに住みたい。
(モンブラン補足)
通常このルートは初日グーテ小屋泊まりで翌日モンブランにアタックしてそのまま下山の
1泊2日で紹介されている事が多い。我々も当初はその日程で考えていたが、むこうに行ってからの高度順応トレーニングの時間が充分にとれない事を考えて2
泊3日の日程にした。日本での高度順応は富士山でするより他ないので、高所登山初心者は日程に余裕があるなら2泊3日の方が良いと思う。また今年はグラ
ン・クロワールの落石にあれだけ神経を使う事を考えたら、1泊2日の日程では我々は厳しかったかもしれない。ロープに関しては過去の記録を読むと日本人は
コンテで行ってない場合が多い。ロープを出したという記録もあまりなかった。ただ今年に関してはあのクレバスを越えようと思えばロープは必須だと思う
(ロープを持ってきてないPはクレバスで立往生していた)。どの山行でもそうだが、状況は例年変わるので日本のガイド本だけや過去の記録だけをあてにせ
ず、現地で生きた情報を集める事は重要だと思った。現地で「日本のガイド本はモンブランを簡単だと紹介しすぎる」と言われたのは忘れがたい。