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聖岳〜光岳〜易老岳

Date: 2003.8.10-13
Members: L.芹澤、他1名
Area: 南ア
Type: 縦走

日程:2003年8月10日(日)〜13日(水)
天候:10〜11日:快晴,12日:霧・雨,13日:晴/曇
山域:南アルプス南部(聖岳・易老岳・光岳)
種別:個人山行(縦走)
メンバー:L芹澤,N氏(会外者)
記録:芹澤
 (時間的な記録は巻末参照) 

<1日目>
 ほんの数日前までは日本を縦断した台風10号の状況によっては山行自体を中止しなければならない中で、日頃の行いが良かったのか、出発前日には台風が通 過してくれたので、計画通り10日朝に出発することにした。朝とはいえ、午前零時の出発である。毎度のように彼に家の前まで迎えに来て貰い、便ヶ島まで車 で大凡6時間掛かると見越しての出発である。
 彼と山を行くのは久しぶりで、最近最後に行ったのは昨年の7月28日の蓼科山だったのではないだろうか?テント泊山行は初めてで、彼自身テント泊は今回 が初めてだった。いつもよりも幕営道具が多いのでその分荷物が重くなるので、ばてないか心配は多少していた。これは自分と彼双方で同じ思いをしていたよう だ。
 テント山行が初めてということで、食事に関しても、ジフィーズでないほうが良いということで、今回はまた生野菜を持っていくことになった。でもこれがあ とでばてる原因のひとつになったことは言うまでもないが・・・。これも経験のうちか?
 予定通り午前零時に出発し、上村に到着したのは午前4時位だったと思う。ここで事件が発生する。先日の台風の爪痕が至る所で残されていた。土砂で道路が 通行不可能になっていたのだ。易老渡あるいは便ヶ島から入山しようとした登山客が通行不可能な道路にじゃんじゃんやってくる!暫くその辺りで他の登山客と くだを捲いていると地元の業者がやってきて、今日は作業できないから待避所にでも駐車してくれとのこと。確かに今日は日曜日だったので人は集まらないなぁ と思い、車を待避所まで移動することにした。ところが、その地元の方の指示通りの駐車場所は北又渡の発電所から大凡1q位離れた場所だった。まぁ、地元の 方が言うのだから仕方ないなということで、その待避所に駐車して少々仮眠することにした。
 7時頃になり1時間半ほど寝たのでそろそろ出発しますかということで、ザックを担いで歩き始めた矢先、タクシーが我々の目の前を通り過ぎて行き、後続車 が入ったために、先の発電所前の土砂崩れ部が片付けられていると思い込み、急遽車まで戻り、車で移動することになった。しかしやっぱりその先200m位で 通行不可能で結局のところ、待避所まで戻るような形となり、非常に無駄な時間を費やしてしまった。この間、約30分くらいか。
 仕切り直しをして、駐車をした待避所を出発したのは、7:45になっていた。
 延々と車道を歩きながら、先の台風10号の爪痕を肌で感じながら(湧水が川のようになっていた)、なんでこんなに苦労して林道歩きをしなければならない のかという疑問視をしつつ、母なる大自然の恐ろしさをまざまざ感じていた。この林道歩きで両足共に水ポチャで靴擦れになってしまった。特に相棒は酷く痛 かったようだ。
 また、遠山川では増水の影響で川底の石・岩が濁流で流されてドコンドコンという音が鳴り響いていた。途中の 西沢渡の徒渉は大丈夫なのだろうかという一 抹の不安が過る。
 弁天橋付近では易老渡へあと8qの看板があり、一緒に歩いていた登山客らは泣きそうな顔をしていた。あまりにも非情な仕打ち…であった。実際のところ、 地元のおじさんからは6q程度で着くようなことを言われていたために、地図を確認して吃驚!待避所から大凡16qはあっただろうか…ということはまだ半分 の地点しか来ていないことになる。
 出発してから1時間半位でやっと易老渡に辿り着く。日陰で多少休憩をとり、便ヶ島まであと2q程なので漸く本来の出発点に辿り着くことができるという喜 びと本日の行程への不安が入交じった複雑な思いで聖光小屋へと足を進める。
 便ヶ島では案の定、台風前に入山していた登山客が小屋に車を置き去りにして徒歩で帰る姿が目立った。車がないと非常に不便な立地条件なため、あの方達は 国道までひたすら歩くのかと思うと可愛そうになる。よほど天に見放されているのだろうなと思わざるを得なかった。
 便ヶ島の聖光小屋の水道でやっとなんとか透明度のある水に出くわし、水を汲み出発した。予定よりもはるかに遅い10時20分の出発である。
 ここから登山道に入る。自分らが入山する時点で便ヶ島から入山した登山者は我々を入れてたったの4組しかいなかった。うち2組は夫婦で1組は8人パー ティだった。
 本日の最大の難関と思われる西沢渡の徒渉は、荷物用のトロッコ?に一人ずつ乗って宙を渡る。これがまた楽しかったな。また乗りたいものだ。でもあれは単 独行には辛いんじゃないかな?岸まで一人でロープを引っ張るわけだからね。次回また来る機会がある時には2人以上が良いだろうか。
 西沢渡を通過後は急登になる。すでに林道でばてばてになっていた相棒のために30分に1本の休憩を取るような登りに切り替えた。
 一歩一歩着実に登っていく。途中、標識で『聖平まであと2:40』というものがあり、今時分の時間で見積もって17時頃には聖平小屋幕営地に到着するこ とができると気が少し楽になったようだ。
 今回の山行で気づいたのだが、相棒はやたらと水分の補給をするのだ。余計疲れるのではないかと思うくらいに呑む。1日の行程で2gはゆうに呑んでいた。 自分は500mlがいいところである。
 薊畑(聖岳への分岐)に到着するころには二人ともへろへろモードになっていた。林道16q歩きがかなり足にきていた。靴擦れがここまでじんじんと響いた のは初めて山に登った時以来である。普段でもよく靴擦れは起こす方だがあんまり気にならなかったのだが、それほど疲れていたのだろう。
 無事に聖平小屋に到着したのは、16時50分頃だった。小屋で受付をしてテントを設営し、その後あまりにも疲れていたので、またポカポカ陽気で気持ちよ かったので、テントの中でお昼寝をした。で、起きたら、19時を回っていてすっかり真っ暗になっていた。夕食はいつものようにカルビ焼肉。相棒はよほど疲 れていたのか、殆ど食べれなくて600gしかなかったのだが、余ってしまった。食料を全て担いでいる自分にとっては最悪であった。
 快晴とあって、UVカットの日焼け止めクリームを塗ったくっていたのでそれほどまでには焼けなかったが、塗り損ねていたところはばっちり焼けてひりひり 痛んだ。
 食事もそこそこにして明朝は5:00起きという話をして、眠りにつく。21時前である。彼の鼾は最高に煩かった。よく眠れなかった。

<2日目>
 目覚ましは5時前に鳴ったものの、20分ほどうじうじしてしまって、また昨晩中に水汲みとかやっておかなかったために、後れを取り小屋を後にしたのは、 宿泊者の中で最後になってしまった。
 今日の行程は4日間の中で一番長い10時間コースであったために出発が遅れるのは気に掛かったが、それでも昨日よりは早く幕営地に到着するので、良かろ うと思っていた。
 それよりもなによりも相棒のバテ方が異常で、荷が重くて背負えないということだったために、テントも持つことになった。昨日よりもかなり重さが肩に掛 かった。あまりの重さに途中の分岐で荷物をデポし忘れてしまい、テント及び寝具を担いだまま聖岳を目指すことになってしまった。これで余計に体力を消耗さ せたことになったかもしれないが、自分にとっては、このザックの重さに慣れるためにはかえって良かったのかも知れない。
 小聖岳で荷物を置いて、空身で聖岳へ向かうことにした。聖岳の登りで小屋で宿泊した殆どの登山客とすれ違った。
 小聖岳山頂で話をした1組の夫婦は聖岳を越えて百聞洞山の家まで行くそうだ。なんでも今回は本当は光岳〜聖岳〜赤石岳〜荒川三山〜二軒小屋まで至るルー トを考えていたそうであるが、光岳への易老渡からの登りは傾斜がきついから、あと時間的にも長いので考えた方がよいと通告を聖光小屋の主人に言われたから ということで、便ヶ島から聖岳に入山したらしい。確かにこのまま天気が持てば荒川三山はすこぶる展望がよいことであろうが、明日は週間予報では雨との事で あった。ザックは重たそうだったが、持たせてもらったら自分のザックの方が多少重かった。若いのは良いねぇ…なんて励まされたが中年パワーの方がうちらよ りも強いんでないかい?と思わせるくらいであった。お互いにエールを送り我々は早々と聖岳に向かった。
 前聖岳山頂手前で、東側の雲が切れて富士山がその御姿が望めた。程なくして山頂に到着する。北面には雲の切れ間から赤石岳・荒川三山が望めるはずであっ たが、見えなかったので暫く、山頂で佇むことにした。よほど運が良かったのか、5分も経たないうちに北面の雲が切れて赤石岳・荒川三山が眼前に聳えたつ。 あぁ、この風景は!あとの言葉が見つからない。次回は登るぞ!と心に誓いつつ、山頂をあとに戻ることにする。
 因みに前回1998年に単独行で聖岳に来たときはガスっていて何も見えなかったので、今回は一応360度展望が望めたという点で来た甲斐があったという ものだ。
 下山時には西の方角に北アルプス・中央アルプスの峰々が遥か彼方に望むことができた。こういう展望を見ると山も病み付きになるなぁと思いつつ、気分が非 常に高揚していた。
 空身だと早い。あっという間に小聖岳に到着してしまった。また荷物を背負い込んで出発する。ここで、相棒と自分と2人の利き足膝にテーピングを施した。 あくまでも膝痛の予防である。これがまた効をなしたのか、最終日まで膝に痛みを感じなかったのには自分にとっても非常に吃驚したものだった。
 薊畑を通過し、聖平まで休憩なしで下った。
 聖平では、3人組のパーティに出会う。なんでも椹島方面も、土砂崩れのため畑薙第一ダムまでしずてつが入れず、手前の井川ダムまでしか運行されておら ず、彼らは井川ダムからヒッチハイクで第一ダムまで辿り着き、畑薙大吊橋から茶臼小屋経由で聖平まで来たということだった。彼らが気がかりだったのが、こ れから聖岳〜赤石岳〜荒川三山〜二軒小屋まで行くのだが、二軒小屋からの交通手段があるのかどうかということだった。山の中では携帯電話が使えないので道 行く登山者に情報提供してもらうしかなく困っていたようである。何もできない自分がそこにいた。彼らも13日に下山すると言っていた
ので、もしかしたら椹島でもう1泊したのかもしれない。しずてつが復旧したのが14日朝からだったのでね(後日談)。
 お互いに励ましあって別れた。こういう出会いというのも山特有のものかな?と思う。今時分どうしても殻に閉じこもってしまいがちな風潮の中でも、こうい う持ちつ持たれつの助け合い精神というか、上手く説明できないけれども、こういう出会いを大切にしていきたいものだ。明日は我が身という事もありえなくも ないことだから…。
 上河内岳へ向かう途中から雲行きが怪しくなる。南岳を通過した辺りから、ガスが出てきた。先ほどまで暑かったのが一転して涼しくなってきた。これぞ山の 天気だなんて、思いつつ身体が冷え切らない程度に着込んだ。この頃になると相棒は元気がなくなり、上河内岳には登らず分岐点で休憩しているから登って来て よと、気力が萎えてきていた。
 縦走の回数や山域のこなす量的な問題では彼の方が職場の先輩達と行っている事からはるかに自分よりも多いはずであるが、精神的な面ではあんまり強くはな いようである。そういえば、高校の水泳部時代でもあの合宿で完泳できなかったもんなぁ。精神的な部分は鍛えるのは難しいのかもしれないなと一人物思いに耽 りながら、上河内岳に空身で往復した。
 ガスが掛かっていなければ、前回のように赤石岳・兎岳が美しかったのだろうが、ガスっていて360度真っ白だった。唯一見えたのは千枚岳だった。とにか く寒かったので山頂でゆっくりせずに直ぐに下ってしまった。
 相棒が膝がきちゃっているということだったので両方の膝にテーピングを施す。あと初日にやってしまった、靴擦れが非常に痛むということで、擦れる部分に 絆創膏ではなく面積の広いキネシオテープを施すことで広がるのを防いだ。本来であれば、魚の目等の対策品としてスポンジ状のものがあるのだが前回彼と一緒 に山行に行った時に全部使われてしまい補充していなかった。これは失敗だった。
 上河内岳の分岐を過ぎて、亀甲状土が見られるお花畑付近まで来ると、先ほどの寒さが嘘のように、空が青々としていた。上河内岳の周辺だけガスっていたよ うだった。亀甲状土地帯では所々、台風の影響で水没していた。
 茶臼岳への分岐辺りまでくると、夕方近くということもあり、ガスってきていた。そこから15分程度で、茶臼小屋に到着する。長かった行程も幕を下りた。 早速受付をしたあと、テントを設営した。今朝方、朝露でぬれたテントを乾かしつつ、小屋でビールを購入し、ささやかにテント内で乾杯の祝杯を挙げた。よく 頑張ったね、二人とも…。疲れている分非常に酔いが廻ったのは言うまでもないことだが。
 昨日の失敗があったので、今度は目覚ましをかけてごろ寝をする。1時間半位は寝れたであろうか。
 小屋では明日の天候が書かれていた。一日霧のち雨と書かれてあった。霧だけならまだよいなぁなんて話をしていた。
 17時頃から食事を作り始める。コッフェルに入りきれないほどの野菜があって、ヴォリュームたっぷりのカレーが出来上がったが、2人で分けるには多すぎ て、主食が不要であった。米なしで、カレーだけで腹が満杯になった。そりゃぁ、当たり前か!カレーを8皿分作ったんだもんな。でもこれで、生野菜が半分減 るので、その分、水を多く背負えるななんて考えていた。
 陽が落ちたら急に冷えてきたので、早く寝ることにした。19時半には消灯した。
 夜中(?)に酷い風雨のためテントがひっくり返ってしまうのではないだろうかと思うくらい、吹き付けてきたため、気が気でなかった。思ったよりはあんま り眠れなかった。疲れていたとはいえ、初日よりは草臥れていなかったようだ。

<3日目>
 昨日同様に5時起床で、雨なんで早く次の宿泊先に行こうと昨晩寝るときに話をしていたのだが、朝目覚ましが鳴って、起きてみると霧と雨がかなり強く雑炊 を作って身体を暖めながら、小雨になるまでテント内で待機することにした。相方もあんまり眠れなかった様子で、食も細く(というか、朝はいつもあまり食べ れないようだった)一人頭、一人半前はあったので、結局自分が二人前を食べることで合意した。前の晩に酒を飲まなければ食べられるんだな、これが…。
 初めてのテント山行でいきなりの3泊4日は辛い目にあわせてしまったようだった。
 本日の行程は時間的には短いものの、アップダウンが激しいので昨日以上にゆっくりしたペースで歩くような形で進むことにした。
 我々がテントを撤収して小屋をあとにした時にはまだ、テン場には5張以上のテントが残っていた。
この日結局茶臼小屋から光小屋まで行ったパーティは我々以外はいなかったようだ。

 茶臼岳への分岐に到着した時、北西側から吹き付ける雨・風が非常に痛かった。立ち止まっていられないくらいで、視界があまり利かずに、一歩一歩ガレ場に 転落しないように必死になって進んだ。
 茶臼岳まではずっと視界のあまり利かない中で、かつ風雨にまみれた中での歩行となった。山頂で1本休憩を取りたかったが、風雨が体にきつく立ち止まって いられずに先へ先へと進んだ。
 展望が望めないので、仁田岳の分岐へ到着しても仁田岳へは行かなかった。
 相棒は相変わらず疲れきっているようで、荷物もテントと食料を自分が背負っていた。あと今晩の宿泊場となる光小屋は水場が遠いので、しかも雨なので茶臼 小屋から水を4g運んでいるため、非常に荷が重く、こっちがへたばりそうだった。でも、実際は最後の方でかなりへばったが…。
 8時半ごろに雨が一旦上がり、ここで漸く一息つけることができた。ここで行動食を貪る。自分はこの山行で気づいた事として一番の事象は非常に燃費が悪い ことであろうか!直ぐに腹が減るんです。少食なんだけども、水分はあんまり摂取しなくても良いのだけれどもね。なんででしょうか?
 丁度、平地というか2315mあたりなのかな?休憩後また暫く歩き始めると雨が降ってきた。
 これからまた易老岳まではゆっくりしたペースで休憩らしい休憩は取らずに、というか雨の中で立ち止まることに抵抗があったことと、小雨程度の雨ではな かったための双方の合意で、進んだ。
 易老岳に到着し、本日2回目の休憩を取る。ここまで3時間歩いてきて、すれ違ったのがたったの1人である。恐らくは皆、一日待機しているのであろうか? なんでも光小屋から来たんだとか。昨晩、光小屋に宿泊した人達は殆ど下山したそうで…という話を聞き、それでは今晩は登山客が少ないのであろうと勝手に解 釈してしまった。
 ここまでくれば、本日の行程の半分は来たようなものだと思っていたが、ここからが正直きつかった。
 行きに易老渡から入山するルートはきついよと行き交う登山客言われていたことを思い知らされたのは、小屋近くまで到達してからだった。
 易老岳からは三吉平までは淡々と下る。非常にもったいない気もするが、これがまた縦走の魅力か?エアリアに記載されているように、三吉平手前の三吉ガレ 辺りはガスが出ると迷いやすいとはよく言ったものだ。実際そんなにガスっていたわけではなかったが、雨の中では視界が晴天に比べて狭いので、ケルンが判り 辛かった。樹林帯ではこれまた先日の台風の爪痕によるものかどうか定かではないが、倒木が多く見受けられ、踏跡も殆どついていなかったので本当に判り辛 かった。
 三吉平を過ぎた辺りからは本日最後の登りである。いい加減この頃になると、双方ともへろへろのぼろぼろ状態で、自分なんかは泣きが入るくらいにザックが 重く感じられ(実際のところ重たかったが)肩に食い込んでしまっているかのように感じたものだった。本当に急登だった。登り切れるかどうか心配したくなっ てしまうほど、精神的に参っていた。ここにも、台風の爪痕がはっきり残されていて、大きな岩の塊をしがみつきながら、落石に十分に気を配りながら登る。三 吉平からのこの登りは実際のところは1時間程度だったのだが、疲れがピークを迎えていたためか、別に道迷いを起こしていたのでもなかったのに、時間感覚が まるっきり損なわれていた。こんな気分に陥ったのは今まで登山をやってきて初めての経験だったと思う(後日談)。
 急登を登り切ったあと、急に視界が開けお花畑に突入する。そこはまさに自然の楽園だった。静高平という、水の楽園だった。本当にこれが湧き水か?と思わ せるくらいの豊富な水量に唖然とした。後で小屋の主人に聞くところによれば、今回は台風等の影響で水量が非常に豊富で、例年の今の時期は枯れているのが常 だそうだ。この静高平で、童心に帰ったかのように水と戯れ、茶臼小屋から歩荷してきた水を総入れ替えして、また冷たい水をバカバカと体内に入れ込んだ。
 この静高平からは、小屋まで30分弱で到着した。
 相変わらず雨も降っていたし、テン場が濡れていたし、最も重要なことであるが、相棒の体調が優れずにとてもテント幕営できる状態ではなかったので、小屋 泊まり(素泊まり)することにした。なんでも彼の防寒着は雨でびしょぬれ状態になっており、可哀相だけど寒そうだった。背格好が同じであれば服は貸せるん だけど、自分よりも15pも大きいのであれば着れないでしょう…。
 デカイ釜の辺りに濡れに濡れた靴下や靴を乾かし、丁度昼飯を食べていなかったので、小屋の中で昼飯を作った。昨晩の残りのカレールウを用いて、また余り 余っている生野菜を片付けるために(と言うものの、今晩のクリームシチュー用の野菜は確保して)、主食が要らないくらいに作って食した。冷え切った身体に 熱いものが注がれると、本当に生き返った気がした。
 遅い昼飯を食べた後、ガラガラの小屋の中で昼寝をした。やっぱり小屋の中の方が眠れますねぇ。昼寝を満喫(?)した後、気がつけば結構登山客がきてい た。それでも、我々以外は全て本日易老渡から登ってきたとのこと。そして通行止めとなっていた林道が開通した旨を、登山客から聞いた。
 消灯時間が19時半と決まっていたため、また自炊タイムも決まっていたために18時ごろ夕食タイムとした。小屋からはサービスでワインを一口頂いた。こ れがまた美味かった。例によって例の如く、ルウが多いためクリームシチューを4皿分作ることになった。また主食のないおかずだけの食事になった。それで も、持参した生野菜を殆ど入れることができたので、まぁ担いで帰ることを考えればこれで、良かったであろうと思いたい。それにしても今後は自分は食事担当 はやらない方が無難かもしれない?そう思わせてくれた。少なくとも彼はもうこっちに食事担当をやらせないであろうと思う。普段でもあんなに野菜を食べない のに、なぜに山であ れほど摂取しなければならなかったのか?健康で何より…というように単純には言えないなぁ。
 食事中に夕焼けで峰々が赤く染まって非常に綺麗だった。そのため明日の朝の展望は最高だろうなぁという期待を大いにさせてくれた。赤石岳・聖岳が赤く映 え、なんだか幻想的な雰囲気を醸し出していた。でも外は異様に寒かった。用を足すために小屋の外に出たが、それ以外は出たくないほどにひんやりしていた。
 19時半ごろに消灯となる。今夜はぐっすり眠れるなぁ、嬉しいなぁと思っていたのだが、周りの登山客の鼾と寝言が喧しくてあんまり熟睡はできなかったん だよねぇ。相棒の鼾と寝言には参ったね。当の本人は爆睡できたなんて言っていたけど、そこまで図太くない自分が情けないと思った。夜中に便所で起きてはい けないなとしみじみ感じた。

<4日目>
 小屋の食事が朝4:30ということもあって、起床は4:30と必然的になってしまった。小屋の窓から外を見るとガスってはいるものの天候は良さそう!自 分もまだまだ天に運を見捨てられちゃいないんだなぁなんて思いながら、散々こちらの睡眠を邪魔してもらった相棒を叩き起こして?取り敢えず、食事前に光岳 へピストンしようと思い、食事の準備をしてから出発する。小屋では朝食の時間が4:30〜5:30と決められていたので、非常にバタバタしていた。それで も小屋泊りは楽チンだよなぁ。なんだかんだで、昨日濡れた雨具類等を片付けていたりしたら、時間が掛かってしまって結局、光岳に出発したのが5:30頃に なってしまった。
 空身で光岳へ向かう。展望台では360度何も見えず…。テカリ石へ登れば何か見えるかも?と思いテカリ石に登るが、何も見えずに終わってしまった。
 がっかりしながら、再度展望台まで戻るが、ガスで周りが真っ白!で幻滅して小屋に戻る。
 小屋に戻り朝食を作り…ここでまた貧乏今生が出てきて余った食材を片付けようということで、色々と作ってしまったら、喰いきれずに水で流して事なきを得 た。結局何を食べたのだろうか?
 この光小屋では杉チップを利用したバイオトイレが設置されており、非常に気に入って普段山では余り用を足すことはないのであるが、朝だけで2回も行って しまった。
 そんなことよりも、昨日夕方に小屋から見ることができた峰々の綺麗に赤く夕映えしていた風景を撮影しておけばよかったなぁと一人悔やんだ。
 7時過ぎに小屋を出発する。どうやら昨日と同様にこちら側だけ曇っていたようだ。昨日あんなに手こずった、三吉平までのルートは難なく淡々と下った。こ の三吉平までは静高平で水汲み休憩を取っただけで非常に順調な出だしだった。
 また樹林帯を1時間ほど行くと、易老岳へと到達する。ここからがまた樹林帯の傾斜面の尾根で異様にきつかった。これのことをいっていたのか!と思わせる ほどの尾根道。こんな傾斜のきついところを登るのはきつよなぁと思いながら、下る下る下る。自分はまだ良かったけど、相棒がまた途中からばて始めて泣きが 入ってきた。殆どの共同装備を自分が担ぐことに…。こっちが泣きそうになる。
 50分おき位に休憩を取りながら、あまり膝に負担をかけないようにゆっくり下りていく。それでも、このペースで行けばお昼頃には易老渡につけるだろうか らと必死に相棒を勇気付けながら下る。
 途中の面平で、もしかしたら聖岳・上河内岳が見えるかも?という期待は打ち砕かれた。聖岳の時と違って、展望には恵まれなかった。この面平から1時間で 易老渡に到達する。易老渡の吊橋に設置されている登山ポストに下山届けを入れて、今回の山行は無事終了…と言いたかったものの、これから、駐車した待避所 までの20qの林道歩きが待っていた。ただ、初日に苦労した土砂崩れはすっかり片付けられていたので気持ち的には楽だった。でも下山後に膝が笑ってしまっ ている状態でのアスファルト道の歩きはかなりきいた。樹林帯の中にいた時はまったく気づかなかったが、下山後の日差しはかなりきつかった。その照り返しで 身体が暑くなる。途中途中にある湧き水で頭を冷やし、体を冷やしながら、延々と続く林道歩き。ふと気づけば、下りてきた光岳の方だけ雲が掛かっていた。こ れじゃぁ、展望のへったくれもあるはずがないと一人納得してしまった。
 北又渡大橋に到達したら、一気に疲れが出た。緊張が解けたのだった。ふらっとしてしまった。別に貧血とかではなかったが…。でも易老渡から1時間半もポ クポク歩いていたから当然といえば当然のことではあったのだが。
 初日は気分的にも頑張るぞという意気込みがあったせいもあり、この林道歩きもそんな苦にはならなかったものの、下山後はこんなに辛いとは思っても見な かった。良い経験をしたものだ。
 北又渡大橋から30分程で、待避所に到達する。漸く、本山行が無事終了した。お疲れ様でした。
 帰りにかぐらの湯と呼ばれる、この付近にある唯一の温泉に行き4日間の疲れを癒し、また汗等でどろどろになっていたTシャツを脱ぎ(この4日間で全く着 替えなかった)、これが自分でも気がつくほど臭かったのだが、着替えた。なんか非常に気持ちよかった。着替えるという行為がこれほど爽快だったとは!と感 じてしまった。
 温泉で遅い昼飯を食し、一人地ビールを生で呑む。ちょっぴり気持ちよくなってしまった。
 今回の山行はいろいろと勉強になった。また季節の異なる時に来たいものだ。

<時間的な記録>
  8/10 5:30 待避所着          8/11 5:20 起床
    7:00まで仮眠              6:45 聖平小 屋出発
    7:33 出発               8:07 小聖岳 着
    7:45 出直し出発            8:25 ピスト ン開始
    9:25 易老渡通過            9:09 前聖岳 着(11分休憩)
    10:08 聖光小屋着            9:55 小聖岳着(20分休憩)
    11:13 西沢渡通過            10:43 薊畑通過 
    11:21 営林署小屋通過          10:56 聖平着(20分休憩)
    14:54 苔平通過             13:39 上河内岳への分岐着(3分休憩)
    16:32 聖岳への分岐着          13:50 上河内岳山頂
    16:51 聖平小屋着            13:56 分岐着(4分休憩)
    17:11 テント設営            14:27 お花畑通過
    19:17 お昼寝              15:05 茶臼岳への分岐(5分休憩)
    20:50 消灯               15:24 茶臼小屋着
                        17:00 食事作り
                        18:40 食事撤収
                        19:30 消灯

 8/12 5:00 起床            8/13 4:30  起床
    6:30 出発               5:30 光岳へ ピストン
    6:45 茶臼岳への分岐通過        5:44 テカリ 石に登る
    7:06 茶臼岳山頂            5:54 光岳山 頂から10mの展望台へ
    7:27 仁田池通過            6:09 小屋に 戻り朝食つくり
    7:53 仁田岳への分岐通過        7:06 光小屋 出発
    9:38 易老岳着(7分休憩)         7:20 静高平着(4分休憩)
    11:04 三吉平着(途中15分休憩)      8:01 三吉平通過
    11:52 水場着(10分休憩)         9:01 易老岳着(9分休憩)
    12:25 静高平通過            9:28 いやし岳通過
    12:50 光小屋着・昼寝          10:12 1800m付近で休憩(6分)
    14:30 遅い昼食             10:51 面平着(5分休憩)
    18:00 夕食               11:55 易老渡着(下山)
    19:30 消灯               13:55 北又渡大橋通過(途中5分休憩)
                        13:55 待避所到達