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編笠・赤岳

Date: 2003.10.25-26
Members: L.芹澤、宮崎
Area: 八ヶ岳
Type: 個人/縦走

天候:曇り後晴れ,晴れのち曇り
記録:芹澤

 10月24日(金)の白馬行きムーンライトで小淵沢入りをする。駅に到着したのは3:00頃で、小淵沢駅構内の待合室で仮眠を取ることにする。既に3名 ほど寝ている登山客風な方たちがおり、自分らも含めて8名が狭苦しい寒々とした部屋での仮眠となる。
 4:45頃起床する。その時に自分の横で粗同時刻に寝たはずの単独行であろう方の姿はなく、その空間だけが空いていた。何時の間に出かけたのであろう か…。爆睡まではしていなかったが、人に気づかれずに出発する姿にはある意味感動すら覚えた。
 改札口を出て、当たり前のことだが駅員の姿はなく、改札手前の待合室で、一人ポツンと端っこで眠っているもう一人の単独行がいらした。こっちの方がゆっ たり眠れてよいなぁ…。次回はこういうのもよいなぁと一人感じていた。
 駅前にて予約していたタクシーに乗車し、観音平へ入る。当初は歩いてもいけるとは思っていたものの、車道には殆ど街路灯なぞ存在しない状況で、もし徒歩 で向かっていたなら車に轢かれても骸が転がっているだけで、人か動物かの区別もできないくらいの暗がりであった。車での移動は必須のところであったことだ ろうか。
 車ではなかなか早く到着した。5:15頃には着いてしまった。駅を出たのが5:00一寸過ぎであったため、ものの15分足らずで到着してしまった。まだ 辺りは暗く、行動するのには早く感じるほどであった。なかなか寒かったなぁ。それでも、山の上の方がもっと寒いであろうからと感じ、防寒着は出さずに雨具 で寒を凌ぐ。丁度、この登山口周辺部である観音平はひかり苔の群集地ということもあり、そこそこ明るくなるまでの30分程の間はひかり苔を探すことに…。 それでもなかなか見つからずというか、本当に存在するのか?と思わせるくらいであった。苔はあるんだけど、これがぁ!?という感じであった。なんとなく月 光で光って見えるような気がする苔も見ようにはあったが、ぱっとしなかった。夏に行ったてかり岩のようなものなのであろうか?あれもあんまりぱっとしな かったからなぁ…。
 そろそろ明るくなってきて、5:50頃に観音平を出発する。初めは無風で、山のほうに少しもやが掛かっていた。此処のところはなんちゃって山行が多かっ たので、今回は長丁場であるため、ちょっぴり弱気になっていたところも実際はあった。宮崎さんにはご迷惑をかけられないなぁというところが大問題であっ た。水は汲んでいかなかったので、途中から非常に重たい想いをする羽目になる。
 いつもながら、歩き始めて30分くらいで息が上がってきて、休憩を取る。そういえば、朝食がまだであった。軽く朝食を取り、この時はあまり気が付かな かったが行動食が少なかったということにはね、チーズが乗っているので蛋白源となるピザパンを食す。15分くらい休憩をして出発とする。この頃になると山 のほうがかなりガスってきていた。
 1回目の休憩後の出発してから15分足らずで雲海展望台に到着する。この頃になると非常に冷たい風が出てきた。寒々とする。そのまま通過する。この雲海 から40分程度で押手川を通過する。それから暫くして2回目の休憩を取ることにする。編笠山への登り方面に舵を取り、考えてみれば、何も登山道のこの場で 休憩を取らなくても、先の押手川で木製のベンチもあったことなんで、そこで取るべきだったのかもしれない。まぁ、そこら辺の可笑しなところが登山の面白い ところか?なんて感じるのは恐らく全世界探しても自分くらいであろうことかな。
 10分ほど休憩をとり、編笠山への登りを楽しむ。程なく歩いていくと、素晴らしい雲海を眼にする。なんちゃってデジカメで撮影する。前回の八ヶ岳では雨 の中であったために、殆ど展望を臨めなかったので、気分は非常に高揚していた。必死に同じような風景を収めていく。
 確かに目の前に広がる風景を写真に撮ったところで、日が経つに連れて薄れていってしまうものであるが、常識として判ってはいるものの、また風景をファイ ンダーを通して『絵』として持って帰ったとしても風景とは似ても似つかぬものになりえてしまうことが判っていたとしても、なお写そうとする人間の姿勢は人 としての性であろうことか?そんなことを考えていたら、何も面白みもなにもないのではないだろうか?という葛藤を相も変わらず心の中で行う。果たして自分 だけなのであろうか。それとも他にいるのであろうか。
 2度目の休憩の後の出発してから1時間強で山頂に到着する。360°の展望!遠方に聳えるアルプスには冠雪が見える。相変わらず雲海は素晴らしく、まさ に雲の上に自分が存在していた。これから登る予定としていた阿弥陀岳や主峰の赤岳がまさに目の前に飛び込んでくる。圧倒される。また、日本の象徴というべ き富士山も見えて、満足してしまった。山頂では休憩らしい休憩は取らずに、青年小屋まで下りた後で休憩をとることにする。
 20分経たないうちに青年小屋に到着する。北面は雪が凍っていて滑りやすく、慎重に下る。またガラ場であるため、落石には非常に気を付けて下った。直ぐ 目の前に小屋があるのにも関わらず、足元が気になってなかなか下れない。正直イライラしてしまっていた。まだまだ甘いな、人間ができていないようだ。
 青年小屋に到着する。ここで水を汲む。また食事をする。小屋の看板には何故か赤提灯が…!なんだか嬉しくなってくる。ここでまた後ほど後悔させられるこ とをやってのける。個人山行だから、楽しもうよということで、小屋でおでんを食する。行者小屋であったように既に出来上がっていて、暖めるだけと思いき や、作っていたようである。非常に待たされた。それだけ、食した時はまったりした気分を思いっきり満喫させてくれた。結局、1時間以上も居てしまった!
 10:32頃、青年小屋を後にする。20分後にのろし場を通過する。青年小屋で水を汲んだことにより、非常にザックが重く感じて歩行速度がばったり落ち 込んだのは事実である。やっぱり、水道水でも初めから背負っておけばこんなに辛い思いをすることはなかったのではないであろうか?30分経たないうちに、 休憩を取る羽目となる。丁度、権現岳手前付近ではなかろうかという地点である。本日の宿泊場所のキレット小屋まではもしかすると、午前中には到着してしま うのではないかとの懸念が双方ともした。もし、早めに到着したら明日の方が天気が悪そうだから、行者小屋まで行ってしまおうかという話が出る。
 へとへとになっていたのは事実で、10分程休憩した後の30分後で権現小屋に到着し、またここで休憩を取った。
 ここら辺までくると、かなり冠雪が目立ってきた。我々が来る2・3日前辺りにでも降ったような勢いである。足元に気を配りながらの山歩きは非常に厄介な ものである。気温も下がっていたようで、明らかに出発前と同じくらいに感じた。手袋及び帽子の必要性とまざまざと感じさせられた。
 鉄製の梯子には参ったな。当たり前のことであるが、掴むところが全て冷や冷やなんだよねぇ。もう、触っていられないくらいなんだよなぁ、これが。触った だけで、こちらの体温を削ぎ落として行くっていうか、そんな気がして仕方がなかった。
 また、その鉄製の梯子で岩盤に入れたはずのアンカーが随所で引っこ抜けていて、仰け反ったら落っこちてしまいそうな気がするくらい怖い思いをした。
 旭岳辺りで休憩を取る。丁度、恐怖を感じた梯子を通過して下りきったところである。
 休憩後、キレット小屋へ向かう。なかなか時間は掛かるもので、というか、あと1時間くらい早ければ、行者小屋まで行けたかも知れないと感じたほどだ。青 年小屋でまったりとおでんを食していなければ…という後悔の念が頭を過った。
 途中、なんでもない道標に出くわした。『故芹澤君追悼標』と彫られていた。なんとも気分を害してしまった。ステンレス製のようなものなんで、恐らくは最 近建てられたものだろうか?それでも名前まで記載されていなくて良かったなぁとは思ったのであるが、もし同姓同名であったならばショックは限りなく大きい ものに違いない…。
 この追悼標から歩くこと35分でキレット小屋に到着する。時間的にこれから赤岳を登って行者小屋まで行くと夕方6時を廻ってしまい暗い中、赤岳を下るの は危ないと判断した為、非常に早いのだけれども、キレット小屋で幕営することにする。
 テントは小屋の前に少しでも風除けになるようにと張ることにした。テント設営後、やることがないので駄弁りながらつまみを食す。そりゃそうだ、キレット 小屋に到着したのは13:30過ぎである。これからまだ長い。腹も減ってきたので15:30頃には夕食に取り掛かる。15:50に夕食とする。
 来週の竜ヶ岳ハイキングでししとうのソテーを作るということで、試しにやってみるということで持ってきていたものの、
炒める油もなかったので、茹でて食べた。アスパラも茹でて食べた。この茹で汁が非常にもったいないのでこの茹で汁でお茶とコーヒーを飲む。宮崎さんはコー ヒーを飲んでいた。自分はお茶で、色的には緑なので問題はないように見えたものの、後味というか隠し味にもならないが、異様な香りと風味がした。後にも先 にもこのようなお茶汁を飲することはないであろうかと思い知らされるような、未知の味だった。
 大同心・小同心が夕日に当って赤く映えていたが、外に出る気もしなかったので、テント内で撮影をしてみた。なかなか綺麗に写ってはいた。
 夕方でこんなに冷えるということは、夜はさぞかし寒かろうということで、お手洗いを食事後にさっさと済ました。
 あまりに寒かったので何もしたくないということで、17:00には消灯してしまった。明日朝は4:15起床ということにして。
 途中、寝返りを打つたびにズボンのポケットに入れていた鍵が股間を刺激し4・5回眼が覚めた。それでも動きたくなかったので、鍵はそのままいれっぱなし にしておいた。
 夜は雨が降っていたようだった。
 シュラフは冬用としていたため、暖かかったが、頭が冷えた。帽子は必需品だと改めて認識させられた。

 <24日> 
  23:54 新宿発ムーンライト乗車
 <25日> 
   3:00 小淵沢着…駅構内で仮眠を取る
   4:45 起床
   5:00 タクシー乗車
   5:15 観音平着
    5:50 観音平出発
   6:16 休憩(16分)
    6:45 雲海展望台通過
   7:20 押手川通過
   7:37 休憩(11分)
   8:53 編笠山山頂着(3分)
   9:20 青年小屋着2380m(72分)
    10:55 のろし場2530m
  11:08 休憩(10分)
  11:46 権現小屋着(9分)
  12:26 休憩(14分)
  12:59 『故芹澤君追悼標』通過
  13:34 キレット小屋着
  15:30 夕食作り
  15:50 夕食
  17:02 消灯

 4:15起床ということで目覚ましが鳴ったところで、あと1時間という言動があり、1時間タイマーを掛けたものの、無意識の内に停めてしまったというこ ともあり、起床したのは6:00になってしまった。すでに陽は登り快晴である。気持ちの良い天気である。
 昨日に引き続き、本日の1時間のロスは致命的で、阿弥陀岳へのコースは帰りのバスの都合で取れず、赤岳のみで下ることに。
 食事後にテントを撤収し、7:15キレット小屋を後にした。
 30分くらい歩いた後、2504m付近の丁度、雪混じりの岩稜帯を登り切った辺りで休憩を取る。朝食を食べた後というのに、小腹が減ってきている。行動 食も無くなってきていて、パンとチーズで我慢する。それにしても昨日とは打って変って、陽があり且つ無風で、まさに快晴そのものである。気分も高揚してく る。
 赤岳へ至るまでに幾本かの梯子を通過する。どれもこれも鉄製で昨日より増して冷たい。凍てつくような刺激である。
 遭難対策本部の『ガレ場につき注意』の看板が目を引く。ガレ場というのはその先全体のことを言っているのであろうか、あるいはこの場のことを言っている のか、という下らないことを考えながら先へ歩く。
 看板から30分くらい登ったところで、真教寺尾根への分岐に差し掛かる。ここで宮崎さんがつぶやく。前回2月に来た時はあの辺まで登ってきたいたんだよ なぁ…と。それぞれの人にいろいろな想い出があり、なんかそういうのっていいなぁなんて一人感じていた。
 分岐を過ぎると直ぐである。それでも途中、今回は時間の都合で断念してしまったが、赤岳から阿弥陀岳へ続く尾根を横から臨んだ時、あんな一気に下ってか ら中岳へ登りまた、下ってから阿弥陀岳へ行くのかぁ…、なんて思いいかなくてよかったと思ったのは自分だけであろうか?
 山頂には9:14到着した。前回見れなかった、360°の大展望を満喫して、行者小屋へ下る。ルートは地蔵尾根にしてもらう。文三郎尾根は階段が多いの で、鉄パイプを素手で握るのが嫌だったからなんだ、実はね。
 どれくらい休憩をしていたのかは記録忘れてしまったが、入れ替わり立ち代りで、20分くらい居たのであろうか?
 赤岳山頂小屋から35分程で地蔵仏を通過する。前回は小屋で暖を取ってから一気に下った感があった尾根であるが、赤岳から北側の方が冠雪が増し、下り辛 かった。5〜6pは積もっていたであろうことか。
 それから行者小屋までは休憩なしで一気に下る。足元に最大の注意を配りながらである。結構疲れるんだな、これがね。
 50分位掛かって、小屋に辿り着く。ここでしばし休憩をとる。腹減ったのでなけなしの行動食を食べ、それでも足らず、小屋でカップ麺を購入し食べた。聞 いたことない味のカップ麺だったが味はともかく腹ごしらえをした。宮崎さんはカップ麺と行者小屋特製おでんとを迷っていたが、おでんを食していた。
 30分くらいまったりとして、美濃戸口へ下る。雪が付いていないところをなるべく歩くようにして下る。途中1回だけ休憩をしたものの、1時間40分程掛 かって美濃戸山荘に到着した。
 ここで、自分は生ビールを頼んだのだが、気圧の関係か何かで上手く注げなかったために、瓶ビールにした。宮崎さんは牛乳を飲んでいた。ビールを嗜めてい ると、店の女主人がこれおまけねといって、生ビールをジョッキでご馳走してくれた。嬉しかったけど、これからまだ小1時間下るんで、最後の方は辛かった。 飲み終わった後は腹がちゃぽんちゃぽんになってしまった。
 山荘で30分くらいまったりした後、45分程で美濃戸口バス停前の八ヶ岳山荘に到着した。ここで急いで温泉に浸かり、14:47発のバスで茅野駅へ向か う。
 当初、快速に乗車して帰るつもりではいたものの、先に飲んだビールでバスに乗車中30分以上も我慢していた用を足したら、列車は行ってしまった。
 結局、17:16発新宿行きの特急に乗車して帰ることにした。
 
 <26日> 
   4:15 起床…1時間後とする
   6:00 寝坊してしまい、起床となる
   7:15 食事・テント撤収後キレット小屋出発
   7:45 休憩(13分) 2504m付近
   8:18 1本目の梯子通過(『ガレ場につき注意』の看板あり)
   8:53 真教寺尾根への分岐通過
   9:14 赤岳山頂着
    9:37 赤岳山頂小屋通過
  10:11 地蔵仏通過
    11:03 行者小屋着(31分)
  12:54 休憩・木橋にて(6分)
  13:14 美濃戸山荘着(29分)
  14:21 八ヶ岳山荘・美濃戸口バス停着(14:45まで温泉浸かる)
     →お疲れ様でした!!
  14:47 バスで茅野駅へ(所要時間45分程度)
  17:16 新宿行き特急乗車し帰京

感想

宮崎
観音平から編笠、権現、赤岳と抜けるルートは以前にも歩いたことがあったが、とても印 象に残っていて、また行ってみたいと思っていた場所だった。今回、歩いてみてあらためて、純粋に歩くのが楽しいルートだと確認した。芹沢さんと2人だった ためか、随所でお気楽山行の様相を呈することになり、最終的には予定していたルート(阿弥陀経由)からは外れることになったが、途中から予定したコース通 りに歩くことはないだろうなあ、と期待のようなあるいは、あきらめにも似た感情を抱いていたので、気持ちの切り替えは早かった。私はこの山行中に、山小屋 でおでんを2度食べた。寒いときにはおでんに限る、と思った。芹沢さんは下山途中(ほぼ下山)に1リットル近くのビールをバスの時間を気にしながら苦しそ うに飲んでいた。本当に苦しそうで、気の毒だった。次にこの場所を訪れるときはあるのだろうか、あるとすればどんな山行になるのだろうか、と考えると不思 議な気がした。

芹澤
八ヶ岳は今期これで何回目であろうか?と思うほど来ているところであったが、観音平か ら入山するルートは今季初であった。またお気楽おちゃらけ山行がほとんどだったために、今回はまじめにばてるであろうと思っていたのだが、実際ばてた。宮 崎さんには不愉快な思いをさせたに違いない。申し訳ない、面目ない…。ただ天候はすこぶる良かったので、特に2日目であるが。前回赤岳に登ったときには見 えなかった展望が臨めたことには感動を覚えた。偶には良いこともあるんだなと思わせてくれた。自然の気まぐれなところが妙に嬉しかった。この時期、帽子と 手袋は必須だとまざまざ感じた。とんでもなく耳と手が冷えた。もう少し気温が低ければ、鉄製の手すりを掴んだ手がべりっと音をたてて剥れたことであろう に…。この辺はラッキィだったが、次回はこういう小さなところにも気遣いが必要だと感じた。