山行二日目、八つの稜線から見た景色は、ここ一年で最高だった。南の方の富士山は平野
部に雲はあったが、半分以上は円錐形の山容を見せていたし、北方は、穂高の稜線がくっきりと見えていた。諏訪湖や平野部に霧がたまっていたのも美しかっ
た。
二日目は、体調面でもそれほど、問題を感じなかった。今後も体をキープしていこう。
下山や、シェラフに入るのだけは異様に早くなっている。
田中さんも徐々に冬のバリエーションの魅力に惹かれつつあるらしいことが分かった。今度は、阿弥陀北西稜ですね。
一日目の夜、結構、酒を飲んだが、次の日は前の日よりも逆に調子がよくなった。時には、体に毒も必要かもしれない。
行者小屋からの下山で、いつもとは異なり、アイゼンをつけてみた。八つではごつごつした岩が多く、足を取られるので、アイゼンなしのほうがやはり良いと
思った。
吉田さん、田中さん、突然の参加を受け入れてもらいありがとう御座いました。
L会の場にて吉田さんに連れて行ってとお願いし、P成立。終えてみて、同行のお二人に
は物足りない二日間だったかもしれないが、自分にとってはとても充実した二日間だった。
バリエーションにはまだまだ不慣れで、お二人に迷惑をかけた気もするが、しっかり身に付けるべく、動作一つひとつを確認しながら、事に当たった。クライミ
ングでは手、腕の使い方など無駄が多いのか、すぐに疲れが出た。経験が足りないと痛切に感じたが、フォローなので気楽に登らせていただいた。もう少し初級
レベルのルートを繰り返し訪れてみたい。バイルをとりあえず一本購入しよう。付き合ってくださったお二人、有難うございました。それにしてもコミカルな二
日間だった。
念願の2ルートをやっと登ることが出来た。
まずは土曜日、祝!赤岳初登頂!! あれ?まだ登ったこと無かったの?無かったんです。
2002
年2月(天狗尾根終了後、悪天で頂上はパス)、
2002年3月(赤岳東稜終了
後、面倒で頂上はパス)、
2003年2月(主稜を計画、悪天で取付き敗退)、
2003年12月(主稜を計画、パートナーが病に倒れ中止)という具合で、怠惰さと運の無さで赤岳のピークは
遠い頂だったのだ。人に歴史あり。
赤岳西壁主稜は、全体的に雪が岩に乗っているだけで、ちょっと払えばサラサラ流れ落ちて岩が出てくるので、スタンスはキチンと探して乗せなければならず、
ちょっと面倒。最初のチムニーを除けば傾斜は緩いのでガシガシ歩ける。しかし調子にのって突き進んでいると、いつの間にかザイルが岩に引っかかって重く
なって大変だった。ちなみにビレイ点は全てハンガーボルト。天気が悪かったので、ルートの印象は良くないが、まずまずのペースで登ることが出来て良かっ
た。
もう一つの因縁のルート石尊稜は、
2001年12月(寒さで日和ってルート変更)、
2002年4月(雨で日和って敗退)、
2002年12月(アプローチ間違って時間切れ敗退)と、これまた縁の無いところだった。
無事完登したにはしたが、アプローチは間違っていたと思う。三叉峰ルンゼの雪が深くなり雪崩が怖くて稜へ上がってしまったけれど、上がるポイントが違うだ
ろう、ありゃ。もう少し手前、赤テープのある藪に突っ込んで稜に上がったら良かったかも。後続Pは一度三叉峰ルンゼに入った後、日ノ岳ルンゼに回り込んだ
りしていたが、あのあとどうしたのだろう。あれだけ積雪があった後に日ノ岳ルンゼには入りたくない。
快晴の空のもと、第一岩壁を登り終えた後の雪稜部分は文字通りスノーリッジとなっていて、それを上部岩壁から振り返ると自分たちで付けたトレースと山麓の
森と諏訪の雪景色が一望できる。腹の底からムクムクと嬉しさがこみ上げた。やっぱり雪稜ルートは一番乗りでトレースを付けるのが楽しい。こちらもビレイ点
はほぼハンガーボルト。中間支点もハンガーが光ってたりする。
というわけで、足かけ3シーズンで両ルートを完登。めでたしめでたし。快晴の主稜と、石尊稜のアプローチ確認は、また別の機会に。